2011年9月30日金曜日

ゆる体操普及作戦 in 仮設住宅

先日、「ゆる体操」指導員のための講習受講と、検定試験の受験をさせていただいた。

ゆる体操とは、誰でも肩ひじ張らずに実施できて、ノーコスト・ノーリスクで「健康」「機能向上」「美と若さ」を獲得できる、とっても優れた健康体操である。
気功、ヨガ、呼吸法などの様々な健康体操の長所を取り入れて、頑張らなくても効果抜群という、いかにも「ユル~イ」体操なのだ。
→詳しくは「“ゆる体操”ってなんぞや?」を参照

久々の受験に嫌な汗をかいたわけだが、いつになったら自宅に合格通知が届くのやら…
(実技がどんなに素敵でも、筆記試験が全問正解じゃないと合格出来ないなんて聞いてなかったよぉ~!!!)

落胆はさておき、ノーコスト・ノーリスクでこれほど楽しい健康体操を仮設住宅で広めない手はない。

仮設住宅で過ごしている方々のお話を聴かせていただくと、日々新たなストレスを感じながら、怒りたくもないのに怒らざるを得ないような出来事に遭遇したりして、心身ともに凝り固まっていることが容易に想像できる。
こんな時、ゆる体操は打って付けだ!

実際の運動自体は、日頃運動不足の方(私のこと)でも簡単に実施できる。
本当は、高度に計算された身体機能開発の運動なのだが・・・
ほとんどは身体をプラプラ揺すったり、モゾモゾさせたりクネクネさせたり、スリスリさするだけなので、老若男女、どんなに身体が固い人でも、誰でもできるいい体操だ。
特に面白いのが、体操をしながら発する擬態語が、ダジャレになっていること。
例えば、膝を「コゾコゾ、コゾコゾ」言いながらやる「膝コゾコゾ体操」は、膝こぞうにかけている。


とにかく、思わず笑わずには出来ないほど愉快な体操なのだ。
一番ウケルのが「Vゾーン体操」
これはまるで ビートたけしのギャク「コマネチ!」と同じような動きをしながら「Vゾーーン!!!と叫んで飛び跳ねる。
今日はひとまず、いわき市の仮設住宅の集会所に、NPO法人日本ゆる協会が被災者支援のために作成した「ゆる体操」手拭いを持ち込んで、みんなで「Vゾーン!!」と叫ぶことに成功した。

2011年9月29日木曜日

スパリゾートハワインアンズ 再オープン目前!

地震の後、上空でヘリコプターが巡視しているようですが、今のところ大きな異常はないようです。
そして、激動のいわきでも、遂に復興のシンボル、スパリゾートハワインアンズが、10月1日に一部再オープンします。

新しい映画
(小林正樹監督、10月29日公開)
も楽しみです。

フラガールお待たせ、ホームいわきに復帰

東日本大震災で休業している福島県いわき市の温泉レジャー施設「スパリゾートハワイアンズ」が10月1日に営業再開するのを前に、専属ダンスチームのフラガール28人が29日、フラダンスショーの公開リハーサルを行った。
 施設は地震で被害を受け、メンバーは5月から全国各地で巡業してきた。本拠地での上演は約8か月ぶり。リハーサルではポリネシアの民族舞踊を優雅に踊った。
 リーダーのマルヒア由佳理さんは「久しぶりにホームで踊れ、うれしい。全国でもらった応援をパワーにしたい」と笑顔だった。
(2011年9月29日20時25分  読売新聞)

怖っ! 地震雲の地震予知能力…

派手な地震雲を見てから約1時間半後、福島県いわき市で震度5強!

私は、磐越自動車道、いわき市三和ICを通過後 走行中に緊急地震速報!
いわき中央ICを降りた直後に高速閉鎖。
でも大丈夫でした。

今日からお空が気になるようになるかも…

地震雲?

今日の夕方の福島県立医大の北の空です。
南北を豪快に切り裂く放射状の雲が・・・

雲が地震予知に役立つかどうかは分からないけれど、雲を気にしている人がいることは事実。
いろんな声に耳を傾けますよ、家庭医は・・・

で、これって地震雲ですか?
知ってる方、教えてください。

地震情報サイト「地震雲について」


<ウェキペディア フリー百科事典より>
地震雲(じしんぐも、じしんうん)
地震の前に発生するとされている雲のこと。宏観異常現象の一種。

「大地震の前に普通の雲とは異なった特徴的な雲が現れた」というような話は、古くから世界各地で多数報告されており、21世紀になった現代においても同様である。このような報告をもとに、「地震雲」をさまざまな方法で活用した地震予知研究も行われてきた。
古くからの地震予知研究においては、地震雲の発生メカニズムがはっきりと解明されていなかったため、過去の地震雲の報告と地震の発生状況などを照らし合わせるなどして得られた、経験則や統計学的手法に基づいて研究や予知が行われた。しかし、科学の発達により地震雲の発生メカニズムを説明するような仮説も現れ始め、発生メカニズムに基づいた研究や予知も行われるようになった。しかし現在のところ、前者の方法と後者の方法の両方が行われている。
身近にかつ手軽に観察できる「雲」を対象としているため、一般市民が参加した観測・報告による研究も行われている。また、公的な研究機関ではなく、民間による独自の研究も多い。地震雲の発生メカニズムを説明する説は提唱されているが、科学的に合意が得られてはいない。また、地震雲による地震予知についても、手法はまだ確立されていないのが現状である。仮に手法が確立されたとしても、全天が雲となる曇天・雨天には判別不可能、また夜間には観測が難しいなどの難点がある。
地震雲について、公的機関や学術団体は総じて否定的な見解をとっている。日本地震学会は「地震研究者の間では一般に関係性はないとされているが、関係が皆無であると断言はできない。しかし過去の報告例は大地震の前にたまたま特異な形の雲を見たことで地震と雲を結びつけてしまう一方、地震が起きなかった場合には雲のことを忘れてしまうと考えられる」としている。気象庁は「無いと言いきるのは難しいが、仮にあるとしても『地震雲』とはどのような雲で、地震とどのような関係であらわれるのか科学的な説明がなされていない」としている。大多数の科学者や政府・行政の公式的な見解は「報告された『地震雲』とされるものの中には明らかに地震と関係のない雲も多く含まれており、その観測や報告は正確性について疑問が残るうえ、地震雲と地震との関係性も明らかになっていない」ということである。もっとも、地震雲の存在自体を明確に否定した見解は多い。地震という地学現象と雲という地学現象の関連性を研究すること自体は動機としては自然なものであり、近年の地震雲研究の問題点は、あくまでもその手法が科学的妥当性を欠いている点だと指摘する向きも多い[1]
ただ、「地震雲の情報が報告されている」という事実があること、僅かな地震予知の可能性に賭けたいという考えなどから、研究を行っている者もいる。一方、「地震雲」の情報がカルトや詐欺などに悪用されているという指摘もある[2]。また、「地震雲」はオカルトや疑似科学だとして全面否定する考えもある。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9C%B0%E9%9C%87%E9%9B%B2
  1. 日本地震学会編『地震予知の科学』、東京大学出版会、2007年
  2. 似非科学・・・特に地震天体起源説や地震雲説・・・を追放すべし。横井和夫、2005年

<追記>
この日、いわきで震度5強の地震あり
「怖っ! 地震雲の地震予知能力・・・」



目指せ!東北の家庭医 ~ 第2回 家庭医療レジデント・フォーラム in 東北 ~

11月のFaMReFは、昨年に引き続き仙台での特番です。
「家庭医療レジデント・フォーラム in 東北」と銘打って仙台駅前のPARM-CITY 131にて開催!
東北地方における家庭医療後期研修医が共に学べる新たな場の構築、家庭医療後期研修プログラム間のネットワークづくりを目的として、東北地方の家庭医療後期研修施設の先生方にも参加いただく予定です。
ご参加は、福島県立医科大学 医学部 地域・家庭医療学講座 comfam@fmu.ac.jp までご連絡ください!
~プログラム~
1.日時:平成23年11月20日(日) 9:00~16:30
2.場所:PARM-CITY 131  5階貸会議室Room 5A
             (JR仙台駅徒歩10分/仙台市青葉区一番町3丁目1-16 、TEL: 022-262-6394)
3.対象:家庭医療後期研修プログラム研修医・指導医
             (家庭医療に興味のある医学生、初期研修医の参加も大歓迎です)
4.参加費:2000円(昼食・飲み物・会場費代など含む)
5.内容(予定):
教育講演「診療・研究に生かすプライマリ・ケア分類」(日本プライマリ・ケア連合学会副理事長 山田隆司先生)
WONCA(世界家庭医機構)が作成したInternational Classification of Primary Care(ICPC)の編集委員も務められている山田先生にICPCを用いた診療・研究についてお話しいただきます。
「東北地方の家庭医療後期期研修プログラムの紹介」
各プログラムの指導医・研修医よりプログラム概要及び、「長所」の紹介していただき、お互いの強みを生かしながらプログラム・研修医間で共に学び、成長していく方策を考えるディスカッションを行います。
「家庭医のアタマの中を見てみたい」(福島医大 地域・家庭医療学講座)
外来診療(模擬診察)の映像を見ながら、「患者中心の医療の方法」についての理解を深めるワークショップを通じ、家庭医の診療・教育についてディスカッションを行います。

多くのみなさんのご参加をお待ちしております!

2011年9月28日水曜日

郷土○○ ~新しい隠れ家 「飛騨路(ひだじ)」~

娘が会津地方に遠足に行ってきた。
郷土民芸「赤べこ」に絵付けをして得意げに帰還!
いじって遊んでたら、新事実を発見。
普通に立っていれば首が座ってない「赤べこ」ちゃんだが、お尻を下にして座らせると、天に向かって直立(座っていても直立?)し、とてもカワイイのだ!
郷土民芸といえば郷土料理。
(かなり強引…)
先週末、いわきの田町で岐阜の郷土料理をいただいてきた。

岐阜の郷土料理を出してくれる「飛騨路(ひだじ)」
美味しいおでんで有名な「久松」さんと同じビルで同じ階のお向いさんだが、真面目に宣伝する気が無いらしく、事前に知らない限り、店の存在に気付くことはない目立たなさ。
店内は、もろに元バーかクラブ・チックな雰囲気にも関わらず、出てくるのは飛騨の郷土料理!

朴葉味噌…風情がありますね~
そして飯と酒がすすみ・・・
女将に鱈腹 振る舞っていただいて、気付くと満腹で食べきれなくなってもうた・・・
<情報誌・サイトに載らない(女将が載せてない)グルメ情報>

「飛騨路(ひだじ)」

いわき市平田町51 鳥海ビル2階 0246-21-5545 日曜定休

オープンしたばかりの小料理屋。
飛騨高山出身の女将が、いわきのために、わざわざ岐阜から取り寄せた素材で、故郷の郷土料理を振る舞う。

<お勧めメニュー>
・朴葉(ほうば)味噌 1000円
  和牛・アスパラ・エリンギ・ネギなどを朴葉味噌で焼いていただきます。
・こも豆腐の煮物 500円
・こんこんぎつね 300円
  味のついた油揚げ

・揚げだし豆腐
・赤かぶの漬物

いわき市からの医師流出・・・ 忌々しき事態!

東京電力福島第一原発事故後、福島県内の24病院で常勤医師の12%に当たる125人が自主退職していたことが、県病院協会の調べでわかった。
殊に、いわき市の5病院で23%(31人)の減少は危機的状況といえる。

「最近、忙しい気がする…」 という感覚は、現実に裏付けられているのか?

常勤医足りない被災地、診察のたび違う先生
http://www.yomidr.yomiuri.co.jp/page.jsp?id=41380&from=popin
必然的にこのようなことも起こるわけで…

<福島>だから学べる家庭医療がある!! ~福島県立医科大学 地域・家庭医療学講座 新ホームページ~

<福島>だから学べる家庭医療がある!!
~地域で学び、地域で働き、地域で研究し、地域で教える魅力あるキャリア形成~

福島県立医科大学 地域・家庭医療学講座の新ホームページが開設されました。

多くの方々に私たちの活動を知っていただくために、ドシドシ更新してまいります。
我らが地域・家庭医療学講座(Community and Family Medicine: ComFaM)は、2006年3月に葛西龍樹が教授として着任し、「地域・家庭医療部」として産声をあげた時から始まりました。何もかもがゼロからのスタートでしたが、多くの方々の手助けを受け、徐々に講座員も増え2010年には「地域・家庭医療学講座」と名称も変わりました。そして2011年現在、教授を含めて24人(事務2人)のメンバーで構成されています。
 当講座は大学には診療拠点を持たず、地域に密着した様々な診療拠点にて、診療を行っております。そしてそれぞれの地域で診療を行いつつ、全員が強いネットワークで結びつき日々研鑽に励んでいます。
 2011年3月11日より、大きな使命が福島県立医科大学には課せられました。このような状況だからこそ、家庭医療の力が必要とされており、強い志を持ったメンバーが、福島の復興に少しでも役に立てるように真摯に医療に取り組んでいます。福島で家庭医療が大きく羽ばたくことを願いながら。

旧ホームページ

AERA 2011年10月3日号 がんと向き合う親子と家族志向型ケア

危機に直面た時、それまで気付かなかった家族それぞれの役割を認識し、新たな機能を発揮する。

先日発売になったAERA 2011年10月3日号69ページからの、「家族のリレーをつなぐ親と子の希望の光」

この記事は、「家族志向型ケア②」で述べた家族志向型ケアの5つの骨格のうち、特に下記を強く再認識する内容になっている。

2) 家族という大きな枠組みの中にある患者の立場に焦点を当てる
3) 患者・家族と医療者はいずれもケアのパートナーである
5) 家族もケアの対象である

そして、医療人として、

1) 病気を心理社会的な広がりでとらえる
4) 医療者が治療システムの一部として機能する

を実践していきたいものである。

2011年9月20日火曜日

放射線被曝への不安を理解するということ

日進市の祭りで福島の花火打ち上げず 市民から苦情受け
http://www.sponichi.co.jp/society/news/2011/09/19/kiji/K20110919001656030.html?feature=related

福島産花火打ち上げ中止 日進市に抗議500件超
http://www.sponichi.co.jp/society/news/2011/09/20/kiji/K20110920001662670.html

個人的には、打ち上げ中止は不適切だろうと思うし、とても残念な出来事である。
しかし、打ち上げを不安に思う気持ちを理解することから、この悶々とした気持ちの突破口を見出したい!

この問題は、どちらが正しいとか、正しくないとかいうことではすまされない。
また、市民全員が放射線による影響について正しく理解すれば、すべて問題が解決するとも限らない。

放射線による有害作用について、確率的影響を論じている以上、同じ環境下で過ごしていても、その体験は、一人ひとり「解釈」「期待」「感情」「影響」が異なっていて当然である。

「患者中心の医療③」疾患と病気の両方の経験を探る
http://atsushii.blogspot.com/2010/09/blog-post_4439.html
で述べたように、ある健康問題を抱えた患者さんが医療機関を受診したとき、家庭医はまずその人の問題を「疾患」と「病気」とに区別し、それらの両面から患者さんの経験を探る。
「疾患」とは医学的に身体に起こっている変化のことで、風邪や肺癌などの「診断名」と言い換えてもよい。
現代まで続いている医学的アプローチの中心的部分は、まさにこの「疾患(診断名)」が何かを突き止めるために問診・診察・検査をおこない、その結果たどりついた診断名に応じた治療をおこなうというものだった。
しかし、実際の診療の現場では必ずしもこの診断名までたどりつかないこともあるし、たとえ診断がついたとしても同じ疾患の人すべてに同じことが起こっているわけではない。
そこで家庭医は、病んでいる人それぞれが個別に抱える苦しみ、つまりその人がどのように問題を「解釈」し、どのような「期待」をもって医療機関を訪れ、どんな「感情」で、どんな「影響」を恐れているのかという個々の「病気」の経験を探ることも、「疾患」を探ることと同様に重視する。

時に「疾患」の治療そのものよりも、「病気」の体験を探ることが問題解決のためにより重要になることもある。

放射線被曝に対する不安においても、全く同じことが言えると思う。
(この花火から愛知県に放出される放射線量は検出不能だと思うが…)
被曝量が限りなく通常レベルに近い集団の中でも、いわき市内でも、その状況に対する個々の「解釈」「期待」「感情」「影響」はまったく異なってしかるべきである。

違う考えを持っている相手を責める前に、考えが異なることを当然のこととして受容し、互いに理解しあうことから、国をあげての本当の復興が始まるのだと思う。

謝辞: こんな拙いブログでも、本日、ご来場者延べ10,000人を超えました。ありがとうございます。
    (記念品は用意していませんが…)

LIVE福島 風とロックSUPER野馬追 グレンドフィナーレ

LIVE福島 風とロックSUPER野馬追 グレンドフィナーレ

YOUTUBEでご覧になった方はおられるだろうか?

日産自動車いわき工場に馳せ参じた。
野外LIVE素人の自分であったが、充分に笑い、叫び、泣いた。
土砂降りの中、パフォーマーと観客の熱い想いは日付を跨いだ…

いわきも、福島も、東北も、日本も、絶対にダメになんかなりはしない。
どれだけ多くの人間が、愛する故郷を全力で守ろうとしているかを実感することができた。
熱い願いを持った一人一人が、自分にできる行動を続ける限り、必ず世界は動くと確信した。
"NOTHING BEATS FUKUSHIMA AND IWAKI, DOES IT ?"

2011年9月19日月曜日

「フラガール」再び

LIVE福島 風とロックSUPER野馬追 グレンドフィナーレ(@いわき) http://www.youtube.com/watch?v=kncFq_1ASf0 (全世界にネット配信)に、
いわきの復興のシンボル フラガール(ハワイアンズダンシングチーム)が登場する。

そんな中、入ったニュース!
「がんばっぺ フラガール!~フクシマに生きる。彼女たちのいま~」
(小林正樹監督、10月29日公開)
福島第1原発事故を受けて、かつて炭鉱町の再生に一役買ったフラガールたちが、45年ぶりに全国巡業を復活させた。本作は故郷復興のために再び立ち上がったフラガールたちの活動を追いながら、ハワイアンズが震災で受けた苦難と施設を再開するまでを描く。
LIVE福島 風とロックSUPER野馬追のグランドフィナーレの地は、いわき。
相馬市と同じ浜通りに位置する、福島県で面積が1番大きい市。
震災の影響で一部の地域は津波の被害を受け、また、建物への影響も少なくなかった地域である。
3
月には風評によってトラック輸送が滞り、食料問題が一時深刻となった。
会場となる、日産自動車いわき工場も同じく、震災により生産を停止せざるを得ない状況に。
その後、驚異的な工場復旧作業により、5月にフル生産に戻った。
いわば福島復興のシンボルであり、リーダーであり、希望である。

"NOTHING BEATS FUKUSHIMA, DOES IT ?"

LIVE福島は、その駐車場の大きな敷地にバンドステージを組む。
地元いわき市出身の富澤タクが率いるNumber the.同じくいわき市生まれの藤井敬之がボーカルの音速ライン、
猪苗代湖ズの「I love you & I need you ふくしま」をカバーするサンボマスター、
そして、LIVE福島皆勤賞の怒髪天。
また、Number the.は、ナンバーザとして福島から東北を、全国を、ふるさとを、ひとつに繋ぐ「予定」プロジェクトを支えて来た。
岩手県出身のあんべ光俊、
宮城県出身の宮藤官九郎、
秋田県出身の高橋優
そして福島県出身のだっぺズが、それぞれの「予定」を歌い、福島の力を東北に広げる。

急遽、LIVEチケットをゲットし、いざ出陣準備体勢にはいった我が家である!!!

2011年9月18日日曜日

天までとどけ! 復興への願い

今日は郷ヶ丘幼稚園の夏祭り。
幼稚園の夏祭りといっても、ただのお楽しみ会だと思って甘く見てはいけない。
在園児も卒園児も先生方も親御さんも、みんなみんなとにかく熱いのである。

子供たちの保育のためなら、全園あげて除染もするし、室内にプールも設置しちゃう幼稚園ですから…

今年は震災の影響で、短縮バージョンのプログラムとなったが、開催に漕ぎ着くまで、幾多の困難を乗り越えてきた。
格別の想いで迎えたこの日。
冒頭の園長(園長のブログはこちら)の感極まった謝辞が胸を打つ。
何をしている写真かというと…
「どじょうすくい!」
どじょうが高騰する中、子供たちに五感で楽しんでもらうための大盤振る舞いである。
しかもその場で柳川鍋…
究極の命の教育だったりするのだが、捕まえたどじょうを自宅に持ち帰り、地震予知装置として活用する人がいたとかいないとか…
渾身の太鼓、子供たちと先生方の踊り、神輿の威勢 などなど…
みんなの元気は、今年の厄を全部吹き飛ばすような勢いだった。
力を合わせれば絶対にできることを確信できる一日だった。
夜空を焦がす「げんき」の火文字と打ち上げ花火が、私たちに勇気を与えてくれた。
子供たちを全力で守り、復興を願う熱い思いは必ずや天にとどくだろう。

復興祈念 ~遅ればせながらの夏祭り~

本日、我が子がお世話になっている郷ヶ丘幼稚園の夏祭りが行われます。
花火師のお父ちゃんの御協力で、復興祈念の本格打ち上げ花火が「ドドーン」と上がります。
ぜひぜひ皆さまお越しください。
父兄、職員手造りの花提灯神輿。
子供たちを乗せて、お父ちゃんたちが気合で担ぎます。

2011年9月14日水曜日

最後だとわかっていたなら

「最後だとわかっていたなら」

原作:Norma Cornett Marek
訳:佐川睦

あなたが眠りにつくのを見るのが
最後だとわかっていたら
わたしは もっとちゃんとカバーをかけて
神様にその魂を守ってくださるように祈っただろう

あなたがドアを出て行くのを見るのが
最後だとわかっていたら
わたしは あなたを抱きしめて キスをして
そしてまたもう一度呼び寄せて抱きしめただろう

あなたが喜びに満ちた声をあげるのを聞くのが
最後だとわかっていたら
わたしは その一部始終をビデオにとって
毎日繰り返し見ただろう

あなたは言わなくても わかってくれていたかもしれないけれど
最後だとわかっていたなら
一言だけでもいい・・・
「あなたを愛してる」と わたしは 伝えただろう

たしかにいつも明日はやってくる

でももしそれがわたしの勘違いで
今日で全てが終わるのだとしたら、
わたしは 今日 どんなにあなたを愛しているか 伝えたい

そして わたしたちは 忘れないようにしたい
若い人にも 年老いた人にも
明日は誰にも約束されていないのだということを

愛する人を抱きしめられるのは 今日が最後になるかもしれないことを
明日が来るのを待っているなら 今日でもいいはず
もし明日が来ないとしたら あなたは今日を後悔するだろうから
微笑みや 抱擁や キスをするための ほんのちょっとの時間を
どうして惜しんだのかと

忙しさを理由に
その人の最後の願いとなってしまったことを
どうして してあげられなかったのかと

だから 今日 あなたの大切な人たちを
しっかりと抱きしめよう
そして その人を愛していること

いつでも いつまでも大切な存在だということを
そっと伝えよう
「ごめんね」や「許してね」や「ありがとう」や「気にしないで」を 伝える時を持とう
そうすれば
もし明日が来ないとしても
あなたは今日を後悔しないだろうから


【原文 全文】
Tomorrow Never Comes
Norma Cornett Marek

If I knew it would be the last time that I'd see you fall asleep,
I would tuck you in more tightly, and pray the Lord your soul to keep.
If I knew it would be the last time that I'd see you walk out the door,
I would give you a hug and kiss, and call you back for just one more.

If I knew it would be the last time I'd hear your voice lifted up in praise,
I would tape each word and action,
 and play them back throughout my days.
If I knew it would be the last time, I would spare an extra minute or two,
To stop and say “I love you,”instead of assuming you know I do.

So just in case tomorrow never comes, and today is all I get,
I'd like to say how much I love you, and I hope we never will forget.
Tomorrow is not promised to anyone, young or old alike,
And today may be the last chance you get to hold your loved one tight.

So if you're waiting for tomorrow, why not do it today?
For if tomorrow never comes, you'll surely regret the day
That you didn't take that extra time for a smile, a hug, or a kiss,
And you were too busy to grant someone, what turned out to be their one last wish.

So hold your loved ones close today and whisper in their ear
That you love them very much, and you'll always hold them dear.
Take time to say "I'm sorry,"... "Please forgive me,"... "thank you" or "it's okay".
And if tomorrow never comes, you'll have no regrets about today.


出典:
 「最後だとわかっていたなら」
/ ノーマ・コーネット・マレック

/ 佐川睦
出版社 / サンクチュアリ出版
http://www.sanctuarybooks.jp/saigodato/



アメリカの同時多発テロの時にチェーンメールで広がったこの詩。
レスキューにあたった消防士が作者であるとか噂が広がったが、
後にNorma Cornett Marekがお子さんを亡くしたときに作られた詩であることが分かった。
同時多発テロがあったとき私は前任地で当直していた。
人生何があるかわからない。
その時はそう思ったものの、
本当に自分にも災害が襲いかかるかもしれないということを、
その時は、本当には分かっていなかったのだと思う。

震災を経験し、私は少し変わったかも知れない。
日々こんなに面倒でマメな作業(日記やブログ更新)をする人間ではなかったから・・・
それでも、ともすると忘れてしまいそうになる。
本当は深層心理で忘れたいのかもしれない・・・

あの時のことを・・・
でも、決して忘れてはいけない!

そして、一瞬一瞬を後悔しないように生きていきたいと思う。
明日が来るということが誰にも約束されていない以上、
最愛の妻やかけがえのない子供達、大切な患者さん達に感謝の気持ちを伝えたい。
そして、ブログを読んでくださる皆様にこの思いを伝えたい。

「いつもありがとうございます」

故郷に踏み留まることを決意させた母子との出会い

ルポ・そのとき看護は「ナース発 東日本大震災レポート」のP240 綴られているFile40 津波と原発事故「故郷に踏み留まることを決意させた母子との出会い」を読まれることをお勧めする。
原発事故直後にゴーストタウンと化したいわき市。
「自分も避難するべきか?」
しかし、津波にのまれ、溺死寸前から九死に一生を得、健気に生きる母子との出会いをきっかけに、市内に留まり看護を続ける決意をした看護師さんの想いが綴られている。
家族をもつ一人の人間としての不安と葛藤の中、プロフェッショナルとしての使命を貫き通した彼女の想いが強烈に伝わってくる・・・

<抜粋>
そんな中で、津波に巻き込まれた、ある母子との出会いがありました。
~中略~
母親は、水を飲んで息が止まったT君を車から引きずり出し、自ら人工呼吸を施して病院に連れてきたと言います。
~中略~
ほかの家族も亡くし、家も流されたと知って、T君は表情もなく、言葉も発することもなくなっていました。
~中略~
T君からは「励ましてもらって、心も体も治りが早くなりました。将来は医療関係の仕事に就きたい」というお手紙もいただきました。
~中略~
私の家族も○○○の親戚のもとへ避難していきました。
~中略~
私は避難しないと告げると「子どもを亡くすようなことになったら、どんなに親はつらいかわかるか」と、親に泣かれました。
~中略~
「2~3日して病院が落ち着いたら、後を追って避難する」と嘘をつき、家族を送り出したのです。
 3日後、避難先の父親に電話で自分の気持ちをきちんと話しました。「津波にのみ込まれてあんなに恐ろしい思いをしたのに、それでも懸命に生きようとしている人が目の前にいる。そんな命を見捨てては行けない。小さな頃から看護師になりたくてなったのに、ここで残らなかったら、私はなんのために看護師になったかわからない」と。親は納得してくれました。電話の後、父は「娘を誇りに思う」というメールを送ってきてくれました。
~中略~
疾患から患者さんを見たり、病気だけに目を向けるのではなく、もっと人としてかかわり、その人の思いに寄り添っていくことで、患者さんが治療に専念できる状況をつくるような看護がしていけたらと思います。


不用意に軽い気持ちでこの本をナースステーションでチラ見していたら、思わず号泣してしまい、とてもみっともないことになってしまった。
やはり前頭葉が・・・
ルポ・そのとき看護は
日本看護協会出版会編集部
A5 704ページ(判型/ページ数)   978-4-8180-1611-8
地震・津波・原発事故による未曾有の大災害に対し、看護職がどう行動し被災地域の医療を支えたか、看護は何をできるのかについての活動レポート集。自らも被災し悲しみを抱えながら必死に医療活動を続けた人、被災地のために何かしたいと情報もない中で現地に入り、不眠不休で支援を行った人、被災地の患者・住民を受け入れた施設など、さまざまな立場の看護職183人による活動報告は、看護の力の大きさ・すばらしさを改めて感じさせます。すべての看護職の方に読んでいただきたい1冊です。フォームの終わり

2011年9月13日火曜日

満月と精神疾患

快晴の夜空。
世間では中秋の名月を愛でている時に・・・
自身は当直である。
それにしても美しい!
さて、それにしても忙しい・・・
しかも、原因が器質的と言えない患者さんが多い。
救急車5台目を診たところで、さすがに満月と急患の内容との関係を知りたくなる。


在宅の精神疾患患者を対象にした研究では、統合失調症の患者には満月の時期に症状の変化が見られたことが報告されている。1)

スペインの研究者たちは、救急部門を受診する暴力の被害者の数を調べた。結果は、統計学的には有意ではないが、満月の夜には被害者が多い傾向が見られた。2)

スペインでは、消化管出血による入院が、満月の時期には多くなる傾向が認められたと報告されている。3)

〔参考文献〕
(1)J Psychosoc Nurs Ment Health Serv. 2000 May;38(5):28-35.
(2)Eur J Emerg Med. 2002 Jun;9(2):127-130.
(3)Int J Nurs Pract. 2004 Dec;10(6):292-296.

因みに「満月」「疾患」で検索すると「満月様顔貌」ばかりヒットして面白かった。
結局、満月に人が凶暴になったり、精神的に豹変したりするという強いエビデンスは見つからなかった。

仮眠します・・・zzz

2011年9月12日月曜日

家庭医をブレイクさせちゃおう!

避難所で多くの人々が不安な時を過ごす中、一人の先生が診療所近くのいくつかの避難所を毎日巡回していた。
ご自身の診療所自体も被災しているのにもかかわらず・・・

「薬がなくても、優しい言葉と笑顔が医者の原点」と語るその先生は、私が家庭医を志すきっかけとなった最も尊敬する人物の一人である。
危機的状況の中で、慣れ親しんだ地域のかかりつけ医からの「大丈夫、心配ないよ」という言葉が、どれだけ多くの勇気を与えたかは言うまでもない。
その先生は、いわき市にある小さな漁村の診療所で50年以上にわたり、その地域の医療を守り続けてきた。
年齢や疾患領域を問わず地域に発生するあらゆる健康問題に真正面から向き合い、まさに家庭医と同様に地域に根差した医療を実践し続けてこられた。
その姿勢は今回の未曾有の大災害の中にあっても何ら変わることはなかった。
家庭医療の専門研修の経歴が無くても、個人の努力で既に地域で家庭医の役割を立派に果たされている先生方もおられる。
それはとても尊敬に値することであるが、そういった個人の努力に支えられている日本の地域医療システムは、いかにも脆弱であると言わざるを得ない。
また、現在の日本の医学教育制度の中では、個人の努力だけで家庭医に必要な能力を身につけることは極めて困難であり、実際に家庭医の数が絶対的に足りない。
医学の進歩により、医療の専門分野は急速に細分化し、患者さん側にも各臓器ごとの専門医による治療を求める傾向が強まった。
医学教育も縦割りの専門研修が中心となり、その結果、あらゆる健康問題に対応する家庭医が育ちにくい研修環境になってきた。
しかし、震災前から医師不足・偏在が特に問題となっていた福島県では、地域医療再生のため当講座を中心に既に県ぐるみで家庭医育成に取り組んでいた。
県内各地での研修は順調に進み、すでに若い家庭医たちが育っていて、各地の家庭医療研修施設を舞台に地域・家庭医療センターを随時オープンしている。
それでも、未だに多くの方々が避難生活を強いられている福島では、このプロジェクトはよりスピードを上げて遂行することが求められていて、家庭医の数がまだまだ足りない現状である。
今こそ多くの家庭医を次々に育成する必要に迫られている。
そして、家庭医育成はもはや福島だけの課題ではない。
家庭医を志す日本中の医学生・研修医が、みな当たり前のように家庭医の専門研修が行えて、すでに地域の診療所で医療を実践している医師も家庭医療実践のために必要な技術を学ぶことができる環境を、一刻も早く整備する必要がある。

どんな時も地域住民と共に歩んでくれる家庭医を求めて欲しい!

今までは「そんな医者は周りにいない」と諦めていたかも知れない。
しかし、求めないものは決して提供されない。
国民全体から家庭医を求める声が増えれば、家庭医育成と理想の地域医療の実現に向けた動きが急激に加速する。
地域住民と共に生き、苦しい時も嬉しい時もいつも寄り添ってくれて、いざという時に助けてくれる“あなた”の家庭医を貪欲に求めて欲しい。
また、家庭医が日頃から地域の保健師さんや看護師さん、ケアマネージャーさん、行政職員さんらとともに、地域住民に対し健康問題に関する適切な指導・管理をおこなっていれば、災害時でも日常でも地域住民が主体的に疾病予防やセルフケアをおこなうことができるようになる。

今回の震災で学んだことを無駄にしないために、どんな状況下でも機能し続ける地域全体の健康づくり(地域医療ガバナンス)を地域で利用できるすべての医療資源を総動員しつつ、国民一人ひとりが主体的に参加して創りあげていく・・・
そして、地域医療ガバナンスの構築のために指導的役割を果たすことができる家庭医の育成を支援していただきたい。

これからも私たちの前には数多くの困難が立ちはだかるだろう。
しかし、困難だからといって先延ばししている余裕は、もはや今の日本にはない。
“待ったなし”でやるしかないのだ。
私には家庭医療に対する熱い思いを共有し、支え助け合うことができる多くの仲間がいる。
そしてこの思いが広く伝わり、国民一人ひとりの行動につながれば、理想の地域医療再生は必ず成し遂げられる!

私はそう信じている。

震災時だけではない! ~日々繰り返される地域医療崩壊~

常日頃思うこと…

質の高い医療が地域で円滑に提供されるための条件として、地域の診療所の医師と病院の各科専門医との良好な連携は最も重要な要素といえる。

その両輪が常に機能していなければ必ず脱輪する。
今回の大震災の急性期においても、軽傷患者のケアや慢性疾患の継続的管理、および疾病予防のための生活指導などを担うべき地域の診療所の医師の役割はきわめて重要であった。しかし、実際は地域の診療所の多くが診療を継続することができなくなり、地域医療を守るネットワークとしての機能は完全と言っていいほど麻痺した。
その結果、多くの人々が直接病院へ殺到し、病院の医療スタッフは疲弊し、より重症な患者や専門的な治療を要する患者のケアといった本来病院が担うべき役割を果たすことが困難になった。
なぜそうなったか?

被災地ではあらゆる連絡手段が一時完全に寸断された。
その結果、系統だった医療連携が立ち行かなくなった。
その結果、地域医療の崩壊を招いたという指摘がある。
また、原発事故による放射能汚染の影響で支援物資の物流が滞り、いわき市をはじめ福島第一原子力発電所の周辺地域では水や食料のみならず深刻なガソリン不足をきたした。
そのことが、医療機関の職員の通勤や訪問診療・訪問看護をも困難にし、小規模な医療機関から順に診療中断を余儀なくされていったことも事実である。
しかし、原因は本当にそれだけなのだろうか?

現在の日本では、地域の診療所の医師のほとんどは個人開業で、しかもその大多数は開業直前まで病院勤務していた各科専門医である。
したがって家庭医のように何でも相談して診てもらえるというわけにはいかない場合を想定しなければならない。
「○○眼科医院」「◇◇神経内科クリニック」などといった具合に、診療所名や看板の表示を見ると医師の専攻科目が分かるようになっていて、症状や目的に応じ、患者さん側が診療所を自由に選んで受診している。
このことは、誰でも自由に専門的な医療が受けられるため、日本の医療システムの良い点として捉えられる場合もあるが、裏を返せば、医療の素人である患者さんが何科にかかるべきか自分で判断しなければいけないという短所にもなる。
また、地域医療を支えるべき診療所の役割分担が、地域ごとに分かれているのではなく、診療科ごとに分かれているため、「この地域はあの先生が診てくれる」とか、「この地域は診療所ごと被災してしまったので、隣の地域のあの先生がきっと助けてくれるはず」といった暗黙の了解は存在せず、地域における医師の責任が曖昧である。

今回の震災を通し、様々な健康問題を抱える多くの人々を地域包括的に効率よくケアすることが求められる場面に直面し、今の日本の地域医療システムが、災害時においていかに脆弱で非効率であるかを痛感した。

ところで、日本の医療の欠点が露呈するのは災害時だけだろうか?

多くの人々が直接病院へ殺到し、病院の医療スタッフが疲弊してしまうという状況は、今の日本においてもはや災害時限定の特殊な問題ではなく、実は毎日のように起きている重大な社会問題と言える。
診療所の医師のほとんどが個人開業している現状では、たとえかかりつけの患者さんであっても、一人の医師で24時間365日対応できる体制を整えることは現実的ではない。
それでも医師がプライベートを犠牲にしていつでもかかりつけ患者と連絡がつく体制を整えている場合や、地域の医師会や行政の努力で休日夜間診療所や当番医を設けている場合があるが、あらゆる健康問題が持ち込まれる時間外診療では、病状によっては専門外の問題で対応が難しいケースも少なからずあるようだ。

結局、休日や夜間には患者さんが病院に殺到しやすい現状である。