2012年12月28日金曜日

総合診療は、良い診療をするのが最も難しい専門科だが、いい加減にするのは最も簡単な専門科だ

日本では、プライマリ・ケアを専門に担う医師の名称が定まっていなかった。

しかし、名称よりも大事な本質。

これを蔑ろにして名称だけあてがっても何の意味もない。

プライマリ・ケアを専門に担う医師は、質の高いプライマリ・ケアを提供する能力を有する医師であるべきだ。

これは当たり前すぎることで、何の異論もないだろう。

では、そのプライマリ・ケアとは何なのか?

ヘルスケア・システムにおけるプライマリ・ケアの役割とそれを担う医師の専門性は、世界保健機関のThe World Health Report 2008 『Primary Health Care: Now More Than Ever』などに明記され、世界的に認識されいる。

そこに出てくるプライマリ・ケアを日本語で解釈すると以下のようになるだろう。

日常よく遭遇する病気や健康問題の大部分を
患者中心に解決するだけでなく
医療・介護の適正利用や
予防、健康維持・増進においても
利用者との継続的なパートナーシップを築きながら
地域内外の各種サービスと連携する
調整のハブ機能を持ち
家族と地域の実情と効率性(優れた費用対効果)を考慮して
提供されるサービス
[葛西龍樹. 2012]

どうだろう。
これだけのことをちゃんとこなしている医師はこれまでの日本にいただろうか?
でも、もしいたら今の日本各地で噴出している医療崩壊という社会問題は解決しそうである。

そして、これはまさに、これまで私たちが「家庭医療」と呼んできたものの本質であるし、日本国民の誰もが、こういったケアを受けられる社会を実現することが、この時代の日本、しかも福島、しかもいわきで地域医療に携わっている人間の使命であるし、ライフワークにしたいと思っている。

「こんな医師はいるわけがない、絵に描いた餅だ!」

と思われる方もおられるだろう。

しかし、世界的に見れば、プライマリ・ケアを専門に担う医師をちゃんと育ててこなかったチャレンジャーな先進国は日本だけ!
世界の多くの国は、プライマリ・ケア専用モビルスーツをちゃんと開発して既に活用している。
先進国に限定しなくても、プライマリ・ケア専用モビルスーツを真面目に開発してこなかった日本の仲間はもはや、ジンバブエ・ベトナム・ネパール・スリランカ・ブラジルぐらいだそうだ。

そう!

日本では、プライマリ・ケアを専門に担う医師の名称が決まっていなかったというよりも、プライマリ・ケアを専門に担う医師自体がいなかったのだから、名称が決まってなかったのは至極当然のことなのだ。

プライマリ・ケアを専門に担う医師の名称は世界各国で異なっている。

英国はじめオランダ、オーストラリアなどでは、「general practitioner(総合医)」
カナダ、米国、香港、シンガポールなどでは、「family physician(家庭医)」

これらをどう日本語訳するかで、もめてもめて決まっていなかったわけだ。
それは何ら本質的な問題ではない。

そんな中、厚生労働省の「専門医の在り方に関する検討会」(座長:高久文麿・日本医学会会長)の第14回会議が平成24年12月26日開催され、19番目の基本領域の専門医として位置付ける総合的な診療能力を持つ医師を、「総合診療医」とし、その専門医を「総合診療専門医」と呼ぶ方針でほぼ意見が一致した。

そんなわけで、これまで私たちは「家庭医」といってきた医師を、日本では今後「総合診療医」と呼ぶようになりそうだが、その言葉の意味が、

日常よく遭遇する病気や健康問題の大部分を
患者中心に解決するだけでなく
医療・介護の適正利用や
予防、健康維持・増進においても
利用者との継続的なパートナーシップを築きながら
地域内外の各種サービスと連携する
調整のハブ機能を持ち
家族と地域の実情と効率性(優れた費用対効果)を考慮して
提供されるサービスを提供する医師

として、国民誰もが正しく認識し、提供もされる日を一日も早く実現したい。


こんな話題に触れていると、思い出すフレーズがある。

「家庭医療(改:総合診療)は、良い診療をするのが最も難しい専門科だが、いい加減にするのは最も簡単な専門科だ」
[Haslam(2001)BMJ Career Focusより改変]

好きな言葉でもあり、身を引き締める言葉でもある。
総合診療科が、最も難しい専門科として発展していくことを願ってやまない。

2012年12月27日木曜日

「総合診療医」という名称 ~専門医の在り方に関する検討会~

厚生労働省の「専門医の在り方に関する検討会」は、平成24年12月26日、新たな専門医制度の中に位置付ける「総合的な診療能力を有する医師」の在り方について議論を深めた。その結果、名称を「総合診療医」で統一することでおおむね一致した。

とのことである。

名称は何であれ「総合的な診療能力を有する医師(以下:総合診療医)」という専門医を日本の医療制度のなかでどのように活用していくのか?というビジョンが示されなければ、単なる言葉遊びになってしまう。

総合診療医養成のための研修プログラムの充実と、総合診療医だからこそ提供できる専門医としての役割を明確にして、使命感を持った多くの若き医療人たちが、安心して総合診療医を志し、国民の誰もが総合診療医が提供する質の高いプライマリ・ケアを受けられるようになるまで、来年の干支であるヘビのように執拗に注視していきたい。

2012年12月21日金曜日

家庭医ってなんぞや? 「地域の皆さんを医学のプロとして愛する人」

家庭医ってなんぞや?

そう問われた時、一言で答えられないのが長年の悩み。

「定義を述べよ!」なんて質問されたらこう答えるかもしれない。

家庭医とは、どのような問題にもすぐに対応し、家族と地域の広がりの中で、疾患の背景にある問題を重視しながら、病気を持つひとを人間として理解し、からだとこころをバランスよくケアし、利用者との継続したパートナーシップを築き、そのケアに関わる多くの人と協力して、地域の健康ネットワークを創り、十分な説明と情報の提供を行うことに責任を持つ医師のことである。

1)家庭医療 ~家庭医をめざす人・家庭医と働く人のために~ 葛西龍樹著 ライフメディコム社より改変



ちょっと面倒なので、石井流に一言に置き換えてみるなら、「地域の皆さんを医学のプロとして愛する人」って感じだろうか?

ちょっとこっぱずかしい表現だし、格好つけてる感じに受け取られるかもしれないが、実は結構 本気(マジ)でもある。

家庭医以外の医師が患者を愛していないという意味ではない。
勿論、患者さんを愛することができる臓器専門医も、地域そのものを愛することができる疫学者もいる。
しかし、地域の皆さんを愛すること自体がプロとしての仕事そのものである医師は恐らく家庭医だけであるし、「家庭医じゃないけど地域の皆さんを愛しているよ」と真顔で言える医師は、既にその地域で立派に家庭医の役割を担っていると思う。

商売人がプロとして愛する対象はお客さん
一般に医師がプロとして愛する対象は患者さん
場合によっては対象がもっとずっと狭く、愛する対象が患者さんの一部(臓器とか細胞とか遺伝子とか)という医師もいるかも知れない。
家庭医がプロとして愛する対象は、それよりもメチャクチャ広角で地域の皆さん

人は愛するために生きている。
つまり、生きることは愛すること!

家庭医として生きるということは、自分の家族も、もちろん自分をも含めた、地域の皆さんを愛するということ。

「愛」とは「思いやり」であり「想像力のこと」
愛があれば、相手が望むことをかなえてあげたいという思いやりが生まれ、
想像力をはたらかせてそれを実現しようとするでしょう。
~瀬戸内寂聴~

寂聴氏の言葉を家庭医の仕事に置き換えると、地域の皆さんを愛しているなら、出来る限り地域の皆さんの望み通りに診てさしあげたいという思いが生まれ、想像力をはたらかせてそれを実現しようとするだろう。
少なくとも先ずは何でも相談にのるだろうし、患者さんの家族や地域の状況を出来るだけ把握して、患者さんのことは病気に関すること以外でも何でも知りたがって、からだとこころをバランスよくケアするだろう。
また、長期にわたり信頼関係を築いて、他に協力してくれる人がいたら、遠慮なく手伝ってもらったり、地域のイベントとかで妙な達成感や一体感で盛り上がったり、自分の愛し方によって得られた結果を真摯に受け止め、いい意味で悪あがきしながら、次はもっと上手に愛したいと願うだろう。

ここまでツラツラ述べて来て、あることに気付いてしまった。

「地域に生き、地域で働くことのできる医師の育成」
これは福島県立医大が提唱する「ホームステイ型医学教育・研修プログラム」のコンセプトであるが、それこそ、「地域に生き、地域で働くことのできる医師」ってつまり「地域の皆さんを医学のプロとして愛する人」ってことだよねぇ~

私が、自分や家族も含む この地域(いわき)の皆さんを、上手に愛することができるかどうかが、私のプロとしての仕事の質に関わってくるし、私自身の幸福にもつながっていくのである。

巷では、本日がマヤ歴の大晦日と言うことで話題になっているが、どこで人生を終えることになっても、死ぬまで愛するために生き続けられたらそれでいいいと思う・・・

2012年12月18日火曜日

Program of Patient Centered Interview Training (PoPCIT)

次回のFaMReFの予告!

2013年1月のFamReFは 1月12日(土) 福島県伊達市 保原中央クリニックを会場に開催予定です。

メイン企画は・・・

医療面接の型を学ぶ!そして、型からアートへ・・・
Program of Patient Centered Interview Training」(PoPCIT)


アートと科学の融合、医療面接。現在、それを体系的かつ実践的に学ぶ「方法」はほとんどありません。
(理論、モデル自体は山ほどありますが)


・面接の中で“自然に”患者の背景、感情を聴き出すのがニガテ・・・
・複数のニーズを持ち込む患者に対応するのがニガテ・・・
・しばしば面接中に、自分の言葉が場をしらけさせる・・・
・“患者中心”に医療面接をしていると時間がかかってしまう・・・
・個性的な患者へのニガテ意識が強い・・・
・患者中心でありながらMedicalなポイントをしっかりおさえた医療面接を現実的な外来時間内でこなせるようになりたい!

上記のひとつでも当てはまる、あなた!
いっしょに医療面接を学びませんか?

PoPCIT(ポップシット)は特別な優れた指導医がその場にいなくても、研修医同士でも(自分一人だけも)、スポーツトレーニングのように、反復練習によって面接力を磨くためのプログラムです。


保原中央クリニック 家庭医療科では「エビデンスに基づいた患者中心の医療面接(診断と治療社)」を参考テキストとして2週間に1度勉強会を行っています。

今回のWSではそこでの学びをもとに考えた(現在も考案中)医療面接トレーニングプラグラムを紹介したいと思います。

今回のメイン企画は、家庭医療後期研修医向けの内容になっていますが、後期研修医以外の方の参加ももちろん可能です。

参加ご希望の方、興味のある方は、当講座までご連絡ください! タイムスケジュールが決まり次第、お知らせいたします。
たくさんのご参加をお待ちしております!

comfam@fmu.ac.jp (事務:國分、玉木)


勉強会開催予定 

「牛久大仏」のち「ポップコーン」

あみプレミアム・アウトレットに行くと、必ず遭遇できる牛久大仏をご存じだろうか?


牛久大仏(うしくだいぶつ、正式名称:牛久阿弥陀大佛)は、茨城県牛久市にあるブロンズ像で、全高120m(像高100m、台座20m)あり、立像の高さは世界で3番目だが、ブロンズ立像としては世界最大だそうで、ギネスブックには「世界一の大きさのブロンズ製仏像」として登録されている。

圏央道を走らせると、まるで大仏さまが追いかけて来るようでちょっと怖い。

この日(12月16日)は夕焼けが美しく、常磐道からも富士山がよく見えた。


買い物を終えて、そろそろいわきに帰るかと思いきや、気づくと東京に足を伸ばしているのが我が家の恐ろしいところ・・・
決して入ることのできないコンサートであっても、会場に足を運ぶこと自体に意味があることを理解して久しい。


鋭気を蓄える儀式

これは、芸能人の結婚披露宴ではない。
社団医療法人「養生会」の大忘年会の様子である。


市内で500人超規模のパーティーができる施設はほとんどなく、最近では いわきワシントンホテル椿山荘さんにお世話になるのが常になっている。


養生会の大忘年会といえば、各部署からの余興(出し物)が有名だが、ただの娯楽と言うよりも、人生かけてるくらいの気合の入りようでいつも圧倒される。
この一大イベントをプロデュースした職員の会幹事(別名:大忘年会幹事)の皆さんとその代表を務めたレジデントのM君に敬意を表する。


今年 医局は余興にエントリーしない予定であった。
というのも、もともと医局員たちは、その強烈なキャラクターを武器に、毎回各部署の強力な助っ人としても活躍しているので「あらためて医局からも出し物を出さなくても良いのでは?」という医局員の意見でまとまっていた。

ところが、職員の会全会一致で「医局の余興なくして年を越せない」というありがたいオファーをいただき、重い腰をあげて、今年も医局の芸人達が弾けた次第である。


練習回数1回、練習時間僅か30分にも関わらず思いのほか盛り上がり、今年も無事に年が越せそうである。

あとの祭、じゃなくて祭の後・・・

2012年12月17日月曜日

ままどおるの天ぷら

講座の忘年会を郡山で開催したこの日、ビッグパレットふくしまでは、原子力安全に関する福島閣僚会議が開催され、国際原子力機関(IAEA)関係の方々が数多く郡山を訪れていたようで、二次会場探しに苦労した。

やっと見つけた「ぽぽぽぽ~ん」なこの店(安兵衛)
2階の広い座敷に案内されたのだが、落ち着いた雰囲気で、かつ店員さんのノリが良いお店でとても良かった。
別腹でたのんだ「ままどおる」の甘い天ぷらをつまみながら、なぜか更にビールを追加でどんどん注文するやから達・・・
饅頭の天ぷらは福島で定番の食べ方だが、ままどおるだと饅頭より軽い感じだった。

徐々にその場に寝っ転がる人々が現れた頃には、はやくも午前様になっていたとさ!





決定!「家庭医療 珍プレー・好プレー大賞 2012」

三春町立三春病院でおこなわれた今年最後の家庭医療レジデント・フォーラム(Family Medicine Resident Forum:FaMReF)で飛び出した忘年企画

「ComFaM 家庭医療 珍プレー・好プレー大賞 2012」


診療・もしくはその他のマネジメントにおける、家庭医としての「珍プレー」「好プレー」を自薦・他薦を問わず講座員に発表してもらった。
当日のFaMReF参加者の投票により「最優秀珍プレー大賞」と「最優秀好プレー大賞」を決定し、同日郡山駅近くの民芸居酒屋「デコ屋敷」で開催した忘年会(懇親会)で発表&表彰式を行った。
発表では、珍プレー・好プレーともに面白くて興味をひく内容が多かったが、それを単なるネタとして終わらせてしまうのではなく、ユーモアあふれる診療の中でも、家庭医を特徴づける能力の実践を意識して、日々深く学んでいることが実感できてとても感心した。
思わず「えっ?」と思いたくなる患者さんの症状にも、真摯に耳を傾けて、共通の理解基盤を探る。
経過に疑問を感じた時、何度でも診療を振り返り、どこかで思い込みという迷路に迷いこんでないか再検討する執念。
医師が患者になった時、あらためて気付く予防医学の重要性!
家族にとっての初めての看取りの瞬間。家庭医がただそこにいることの意義。
オフ・シーズンの夜の滝桜は、巨大な柳の木にしか見えないこと・・・
特異的な経過や所見を前にした時、対応するレアな病態をついつい優先的に考えてしまうけれど、結局コモンはいつでもコモンであること。
家庭医として職場で(いい意味で)アホな存在であること。


様々な教訓を胸に、今年も暮れていくのであった・・・

ハイブリッドなFaMReF

2012年12月15日(土)は今年最後の講座月例の勉強会、家庭医療レジデント・フォーラム(Family Medicine Resident Forum:FaMReF)であった。

普段、時間的にも空間的にも離れた各サイトで活動している各講座員たちが毎月、診療業務調整をして一堂に会して直接ディスカッションする場の提供をコンセプトに開催されてきた。
その基本路線は何ら変わらないものの、どうしても業務調整がつかずに会場まで移動して参加できないメンバーのための学びの共有の方法について、VTR撮影や動画配信などを試みてきたが、あまりうまくいっていなかった。

今回、もともと活用しているTV会議システムを併用する方法を試みたが、遠隔からも まずまず快適に参加可能なようであった。


2012年11月29日木曜日

年忘れ「家庭医療 珍プレー・好プレー大賞 2012」

早いもので今年も残すところあと約1ヶ月。
講座月例の勉強会、家庭医療レジデント・フォーラム(Family Medicine Resident Forum:FaMReF)の12月のプログラムとして、明日への勇気が湧くような忘年企画を考えてみた。
題して 「ComFaM 家庭医療 珍プレー・好プレー大賞 2012」
診療・もしくはその他のマネジメントにおける、家庭医としての「珍プレー」「好プレー」を自薦・他薦を問わず講座員に発表してもらうことにした。
一生懸命やってても顔から火が出るような恥ずかしいドタバタ珍事ってあるよね。
一方、家庭医を特徴づける能力を発揮した結果、良好なマネジメントが得られたりすると嬉しいよね。
そんな経験を共有しながら年を忘れて、明日への英気を蓄えたい。
当日のFaMReF参加者の投票により「最優秀珍プレー大賞」と「最優秀好プレー大賞」を決定し、同日郡山駅近郊で開催予定の忘年会(懇親会)で発表&表彰式を行う。
興味のある方はぜひ、福島の家庭医の奮闘を垣間見に来て欲しい。
家庭医療レジデント・フォーラム(Family Medicine Resident Forum:FaMReF)
日時:2012年12月15日(土)14時~17時
場所:三春町立三春病院
参加ご希望の方は 福島県立医科大学 地域・家庭医療学講座

2012年11月25日日曜日

情熱の坩堝 ~第13回FACE~


初日昼の部が終われば、ここからがFACE本番!
懇親会と勉強会が見事にコラボ!
こんな自由な勉強会があっていいのか?

ていうか実際にここにあるし・・・

番組はずっと流れている。
見てもいいし、見なくてもいい。
飲んでもいいし、寝てもいい。
飲みながら見てもいいし。
寝ながら見てもいい。

夜のFACEは水戸の尋常じゃないカンファレンスにも影響を与えているという証言が、徳田先生から飛び出した。

すべての予定の番組が終了したのが、午前2時前。

「なんか終わんの早過ぎて物足りなくねぇ~」

これで物足りないというのは、やはり尋常じゃないが、というわけで、急遽アンコール番組がその後も続くのであった。



2日目は水戸地域医療教育センターの徳田安春先生による
Advanced Physical Diagnosis Workshop
FACE参加者の熱いリクエストにより、徳田先生のレクチャーは毎年恒例となっている。

臨床診断を意識した、ワンランク上の身体診察。
徳田先生による工夫に溢れた熟練の身体診察の業を伝授していただいた。
そして参加者の熱演がレクチャーに彩りを添えていた。




2012年11月24日土曜日

わがままな講師 ~第13回FACE~

秋深まる磐梯熱海で、第13回福島アドバンスド・コース(FACE)が開催された。

日時:11月24日(土)~25日(日)

Fukushima Advanced Course by Experts (FACE)は、参加する学生や研修医の学びのための場であるが、同時に「講師陣がやりたいことを好き勝手にやる」という講師陣中心の勉強会的な“ならわし”があるようだ。
すでに知ってることを、知らない人たちに伝えるだけでは、伝える側が損しちゃう感じだし、つまんない。
そもそも「そんなつまらない勉強会はやりたくない」

そんな講師陣のわがままが、FACEにおいて まさかの新しい展開を生み、企画の発展と講師陣の活力を支えているようだ。




磐梯熱海で年4回、四季折々の風情の中、旨いものと旨い酒に囲まれて開催される本企画に関わることになったのはちょうど1年前。
当初、名立たる講師陣の中で自分が by Experts の一人として数えられるのは甚だ不適切な感じがしたが、先輩講師から「勝手に自分中心で楽しいことをやればいい」と言われ半信半疑で、(自称) Expert の仲間入りさせていただき、自分の萌えツボを他人に強要しながら現在に至っている次第である。

まあ、自分の場合 Experts at breaking things 担当であるが・・・

 

本番、直前にアイスブレイクの代役を依頼されても見事にこなす同僚に勇気をいただきながら、トップバッターで腹痛のレクチャーをさせていただいた。

n先ず、超緊急疾患は見逃すな! (心血管・子宮外妊娠破裂・DKA
n心血管系疾患に限って、腹部所見は乏しい! (お腹が軟らかい)
n女性を診たら・・・
n最終月経自体が妊娠兆候のことも・・・
n増悪は無視しないで!
n腹痛でも血糖チェック、チェック、チェック!!!


n下痢が無いのに「胃腸炎」は御法度!!! (実際はありますが)
n吐き気があるのに「便秘」も御法度!!! (実際はありますが)
  上記はいずれも重大疾患を見逃すリスク!!!

n小児のアレルギー性紫斑病はコモン!
n溶連菌感染症による腹痛はもっとコモン!
nオシャレにボケよう! 「おなか痛いんですね? じゃあノド診ましょうね~」
nもちろんパンツも脱がせてね (陰部、鼠径部)

nとりあえず、痛いところぐらいは見よう
nついでに、圧痛・腫瘤・膨満・皮疹の有無と、陰部・鼠径部の異常の有無までは見よう
n起きている出来事(尿閉・腸閉塞など)の原因を考えよう!
nいくつになっても急性虫垂炎!
nどんな状態でも急性虫垂炎!
n腹部身体所見が異常なくても、致死的疾患は否定できない(特に高齢者)

nFitz-Hugh-Curtis症候群は若い女性で超多い!
nその他のSTDも忘れずに!
n尿膜管遺残膿瘍も若者で案外いるらしい
n通り一遍の身体診察を行っても、必ずしも診断に直結する情報が得られるとは限らない
n病歴をもとに丁寧に鑑別疾患を吟味して、絞り込んで狙いに行く身体診察を!
n特に突発の腹痛は、心電図必須、できれば超音波 (心・大動脈、胆、腸、腎、胸腹水、子宮、卵巣、膀胱など)チェックを!
n身体診察は、一つひとつ目的意識をもって行おう!


今回、あらためて腹痛のことを考えて、使えそうな Clinical Pearls をならべてみたが、結局のところ一番大事なのは・・・

どんなに忙しくても、「何か変!」って思った時、流さないことだと思う。

「まあ いっか!」と思ったら・・・
それが “Red Flag!”

2012年11月22日木曜日

科学的根拠とは何か

福島県立医科大学大学院 医学研究科特別講義 疫学セミナー
「科学的根拠とは何か」
津田塾大学国際関係学科 教授 三砂ちづる先生
「オニババ化する女たち」「おむつなし育児」で女性らしい生き方を提言し、最近では「不機嫌な夫婦」で日本人の夫婦を考察し、さらに「月の小屋」など作家としても活躍されている三砂先生の講義を聴講させていただいた。

最新の医療の現場でも、科学的根拠に根差さない医療は普通に行われている。
そこで、最新の科学的根拠を医療の分野に提供する枠組みが疫学である。

講義を通して、Evidence Based MedicineEBM)の父と称され、The Cochrane Libraryの礎をつくったイギリス人疫学者Archie Cochrane先生の名著「効果と効率」(サイエンスト社)で示された内容。人体の力と比較した場合の治療の非重要性、つまり、多くの疾患は自力で治るという事実に目を向けることの重要性を実感した。
何でもかんでも片っ端からとりあえず治療しておくという医療のインフレは、時に人間の自然治癒力を殺いでしまうかもしれない。
それを食い止めて、つまり無駄もしくは有害な治療を省いて、本当に必要で有益な治療に絞りたいという、Cochrane先生の願いが形となった臨床研究が Rondomised Controlled TrialRCT)である。

EBMの基礎>
人間にはもともとそなわった力があるのだから、介入には十分な理由がなければならない。
そして、介入するときは、人間の叡知をかたむけた最良の科学的根拠が適用されるべきである。

この言葉は重く心に響いた。
EBM実践のためには、自分に厳しく、しばしば利用者にも厳しい対応が求められるから…

しかし、研究あるところに意思あり。
つまり、研究者が示したい意図がない限り研究は始まらない。
逆に、誰もやりたくないことは研究にならない
場合によっては研究者の意図によって科学的根拠の結果自体に影響が出る。

つまり、科学的根拠を正しく評価し、EBMを使いこなすことは案外高度な業なのである。

それなのに、放射能汚染の影響に関して、一般の方々までも科学的根拠らしきものを手に入れ、批判的吟味の手法も分からぬまま、それを頼りに行動しているのは、とても通常の状況とはいえない。

より良い医療を提案するというEBMの元来の目的を見失うことなく、医学という科学のプロとして、思慮深く、良心的に、かつ明示的に、また科学的根拠に振り回されることなく、この便利な道具を活用していきたい。
 


10年ほど前からほぼ毎日きものをお召しという三砂先生の軽快でテンポの良い2時間のレクチャーの時間はあっという間に過ぎた。

2012年11月18日日曜日

今更ながら 嬉し恥ずかし受験生


高速道路がビルを貫通している


今日は、プライマリ・ケア連合学会の指導医養成講習会in大阪 & プライマリ・ケア認定医の試験であった。
会場は、ビル本体を高速道路が貫通しているという「何これ珍百景」的な非常に斬新な構造のTKPゲートタワービル。
地下鉄の駅直結ならビルにもメリットがあるが、ビルに高速バスの停留所があるわけでもなく、ビルにメリットは無い。
単純に都市整備計画の中で(高速道を)そこに通す以外に選択肢が無かったとのこと・・・

午前中はプライマリ・ケア連合学会の指導医養成講習会。
家庭医療の方法論から始まり、研修医指導の技法、ポートフォリオを活用した教育の実際など、半日でやるにはキッツキツのベーシックかつ盛り沢山な内容。自分にとって、日頃の診療・教育の良い振り返りの機会を与えていただいた。

午後は、そのままプライマリ・ケア認定医試験に突入!
この歳で自由記載方式の筆記試験・・・あきまへん
すぐに局所的に乳酸がたまって、書く手がついていかなくなるんだねぇ~
日頃、キーボード叩きに頼っているのも災いして、漢字が出てこないこと出てこないこと・・・
ともあれ、分かることも、分からないことも、実診療と同様にドタバタで悪あがきしながらの あっという間の2時間。
久々にいや~な汗をかきながらも殴り書きで解答用紙は一応無理矢理に埋めた。
こんなありさまで認定していただけるのかどうかは分からないが、事情により、認定していただけるまで何度でもトライする心積もりである。
晴れて認定してただけた暁には、今後の診療・教育のために、その資格を大切に活用させていただきたい。

ちなみに個人的に大阪の街は初めてであった。
道端で、ボケている人がいたら、すかさず適切にツッコまなければならないのか?
ビクビクしながら歩いていたが、そういうこともなく、けれど東京とはやはり違う何か楽しげな雰囲気を感じながら心おどる旅であった。
ARASHIのドーム・ツアーがあったため、嵐ファンの方々も多く見受けられたが、こころなしか関ジャニのファンの方々なみにコテコテに感じるのは私だけだろうか?
ぜひ今度は家族連れで観光に来たいものだ!

美しい大阪駅地下道

前泊した尼崎の夜景


福島の空港に帰還すると、気温3℃とすっかり冬の様相!
札幌発着便は雪のため乱れていた。



2012年11月15日木曜日

「必要は発明の母」 かゆいところに手が届く おもてなし


みなさん、引っかけてるよね?ここに・・・
しかも、やや強引にレジ袋を!

昨日初めて乗った常磐線特急「スーパーひたちの」新型車両。

格納式テーブルを固定する“こいつ”が明らかに進化していた。

いままでは絶妙な角度に調整して、無理矢理引っかけなければいけなかった“こいつ”が、まるで「どうぞ僕に引っかけて!」と訴えかけているようだ。

更に、これまでは車窓の上の方にしかなかった上着掛けフックも、とてもありがたい位置で存在感を放っていて、もちろん上着を掛けることも出来るし、座ったまま手の届く高さに車内で飲食したいものをぶら下げることも出来る。

「必要は発明の母」という言葉の意味を深く実感し、日頃から身の周りに転がっている必要、発明のネタを注意深く探したくなった。

2012年11月14日水曜日

東京慈恵会医科大学付属病院 臨床研修(地域医療)説明会

福島県立医科大学 家庭医療学専門医コースの研修協力医療機関であるかしま病院(福島県いわき市)が、来年度から東京慈恵会医科大学付属病院臨床研修(地域医療)の研修施設の一つとして新規登録していただけることになった。

そんなわけで臨床研修医1年目の皆さんに研修内容の説明をさせていただくために東京へ
臨床研修医2年目のローテーションとして、多くの研修医の皆さんに来てもらえるようにアピールしたいところだ。


東京へ向かう途中のスーパーひたちの車窓より、ダブルの虹が!

 それにしても、大学病院とはいえ、一期46名って、都会の研修医って多いんだねぇ~!!!
こんなところでも、医師の偏在を実感するのは悲しいが・・・

都会の香りにモジモジ、慣れないスクール形式の会場でのプレゼンにソワソワしながらも、いわきで研修することの意義を自分なりに頑張って伝えたし、一応 笑いもとれたので良しとしよう。
あとは、良い結果を期待するのみ。

2012年11月11日日曜日

ラーメンの名店に学ぶ患者中心の医療面接

客がラーメンを味わうことに集中できるように、店内に仕掛けがしてあることで有名なラーメン店に念願かなって初参戦することが出来た。
全力で食べることだけに専念できるように、座席に座ると眼前にラーメン以外のものが見えないようにしてあるだけでなく、注文前にアンケート形式で、麺の硬さ、スープの濃さなどの詳細を選択記入できる。
本当は細かい好みがあるくせに、普段、店員の方に面と向かうと緊張して「全てお任せでお願いします」なんて言いたい気持ちになる自分としては、大変ありがたいシステムで、自分好みに仕上げてもらった一品を夢中で食べた。
そして、気づいたら器の底が見えていた。


ヤバイ、、、

たしか、前日の最後の食事もラーメンだったのに、まさに内臓直撃!

日常診療でも、本当は医師に伝えたい細かい事情があっても「先生にお任せします」と遠慮してしまう患者さんは多いはず。
そのことを肝に銘じ、日々よりきめ細やかな患者中心の医療面接を心がけることで、患者さんの要望を充分に引き出し、提供する医療のすべてを一滴残さず受けていただけるような、そんな医療人になりたい。

88888888×∞+11111111=∞ ポッキーと関ジャニ∞

ちまたでは、ポッキーの日
つまり、11月11日11時11分なんていうゾロで盛り上がっていたかもしれない時に、
我が家のファミリーカーは、常磐道上り線、ちょうど東海パーキングエリア内で、走行距離メーターが88888888という8が8つ並び米寿×4で非常におめでたい瞬間を迎えていた。

更に不思議なことに、向かう先は、
東京ドームの関ジャニ∞のコンサート。
8が転じて末広がりが無限大である。
弾丸トラベラー一家を支える愛車の晴れ舞台と言えよう。
ちなみに、ジャニーズのチケットは家族分ゲットしにくい仕組みになっているので、我が家では、女子会をドーム内で、男子会をドーム外(アソボーノ:我が家の託児所)で行なうという“ならわし”になっている。

2012年11月10日土曜日

地域・家庭医療学講座の未来を語ろう! (第77回 FaMReF)

<第77 Family Medicine Resident Forum (FaMReF)@郡山>

今回はスケジューリングに問題があったらしく、こじんまりした開催となったが、そこは少数精鋭!
いつもよりもフランクかつ活気あるディスカッションが実現した。



Reflection of the Month 思春期診療」
   後期研修4年目 若山隆先生

身体症状を訴える中学生のケアに関わった経験をもとに、思春期特有の心理・社会的問題への対応について学んだ。
オープンクエスチョンによる沈黙の長さ、背景に潜む問題抽出の難しさ、患者が医療機関へ期待することを理解する難しさなど、思春期の患者の特徴を意識したアプローチの重要性を実感した。

複雑に絡み合う複数の背景を、出来る限り深く理解してアプローチしていきたい。


② あっちゃんの考える診断学「腹痛編」
  助教 石井敦
数多い腹痛患者の中から重篤または緊急性のある疾患を見逃さないコツについて、実経験症例をまじえて検討した。

フロアの活発なボケとツッコミのお陰で、テンポよく楽しく学べたと思う。
それにしても腹痛の原因は多岐にわたるので、腹痛診療に簡易なマニュアルは馴染まず近道は存在しない。
急がば回れの精神で、患者さんごとに一人ひとり丁寧に診療することが、結局は最も近道で間違いが少ない道であることを再認識した。


地域・家庭医療学講座の未来を語ろう
  助教 川井巧先生
講座について日頃思っていることを、みんなで言葉に表出してみた。
フリーディスカッションを通し、苦境の中にある福島においても、前向きに家庭医として成長していこう。家庭医としてできることを続けていこう。という共通認識を共有・再確認することができた。



<第77 FaMReF@郡山 第2部 (夜のFaMReF) 1次会>
いけす料理の名店「黒潮」で、女将の勢いに圧倒されながら、旨いものジャンジャン、バンバン食べちゃうよ!


さっきまで泳いでたアジもウマヅラもみんな活き造り!
うーん、確かに馬面してる。
命を頂戴する以上、残った骨も唐揚げにして残さずいただきます。


<第77 FaMReF@郡山 第2部 (夜のFaMReF) 2次会>
確かにやりました。


1次会で鱈腹食べておきながら「別腹」と言い訳しながら〇~メンを・・・

2012年11月8日木曜日

福島発 地域医療再生のキーワード:非常識と創生

傷つきまくりの福島の崩壊した地域医療を再生するためにはどうしたらいいか?
福島県立医科大学 医学部 地域・家庭医療学講座では、限られた人員ながらスタッフ一同、知恵のある者、ない者(=俺)、みんなで意見を出し合って今後のことを考えている。

医療従事者が減少した地域の医療現場では、残る医師や看護師に負担が集中する。その結果、ますます限界を感じて離れて行ってしまうというのが、医療提供スタッフ減少の負のスパイラルと考えられていて、まさに、今の福島は県全体がそのような状況に陥っている。

ゆえに、一旦 負のスパイラルに陥ってしまった地域の医療を再生することは、常識的に考えてヒジョ~に困難である。

だから、思い切って非常識的に考えてみた。

そもそも・・・

本当に地域医療は崩壊したのか?
再生させる必然性はあるのか?
素朴な疑問に立ち返った時、もともと地域医療と呼べるものは無かったんじゃない!
という結論に達した。

もともと無いのだから崩壊もしてないし、そんなもん再生する必要もない。

全く違うちゃんとしたものを新しく創る、つまり創生すれば良いのだ。

「創生」

なんかドキドキするよね、この響き。

そもそも地域医療は、電気・ガス・水道などのライフラインと同じく、日常生活の安定のために欠かせない、とっても公共なものである。
国民の生活がある限り、その網の目は隅々まで通っていなければならない。
ところが、これまでの仕組みでは、私的な医療機関は病院も診療所も好きな場所を選び、医師は好きな科と好きな働く場所を選び、それで満たされない部分を公的な医療機関が必死に人を集めて埋めている。
医療を提供する側が過酷な労働環境に耐えかねれば、そうでないところに自由に鞍替えできる。
当然、過酷な労働環境のところは、いつも人集めに奔走しなければならないという非常に不安定な供給体制である。
たしかに福島では原発事故の影響でその流れが一気に加速した。
しかし、もとのしくみを変えない限り、これは福島だけの問題ではない。

「いまのままでは、いずれ日本全域で福島と同じことがおきる」

いまこの場で、この時を過ごし、この現実を目の当たりにしている自分たちが、このことを強く発信し、死に者狂いで変えていかなければ、他に誰がやるか?

僕は生涯 福島の、いわきのライフラインとして生きていきたい。

なんて言うと格好つけてると思われそうだが、医療を志す以上、そんなこと誰もがあたりまえに持っている感情だと思う。
大事なのは、その個々の想いが実際の行動として活かせるしくみを創ること。

しくみを動かすことができる方々にお願いしたいことは、ライフラインとしての地域医療の整備をもっともっと公的な位置づけに誘導すること。
これは決して、公共事業を増やして無駄金を使うという意味ではなく、地域に必要な医療の内容と供給のバランスを整えるための陣頭指揮をとって欲しいということである。
既存のものをフル活用しつつ、今後の医療資源の配置には随時制限を加えていく。

そうしなければ、医療供給の偏在は益々顕著になるのは目に見えている。

病院での勤務を続けたいのに、過酷すぎるのでやむをえず開業する。
やむをえず開業した先生に診て欲しいか?
やむをえず開業した先生に質の高いプライマリ・ケアが提供できるか?
そもそも、もともとやりたくない仕事を情熱や使命感をもってやり続けられる人はいないだろう。
そんな不幸はもう沢山!

医療圏ごとに医師の定員を設けている英国に比べて、日本では医療供給の地域偏在が顕著である。自由開業制、開業医の専門分化などが地理的偏在を加速させているとおもう。
だからまず最初に、医療の供給体制を地域や診療科目ごとにデザインすればいい。
いわゆる医療過疎といわれる地域も含めて、はじめから必要な医師数を病院何名、診療所何名、〇〇科何名という具合に割り振ってしまうのだ。
諸外国が驚くほど短期間で水道や送電線を整備したこの国に、それが出来ないはずは無い。

これから医療を志す人たちには、地域住民のライフラインとして生き続ける覚悟をもってこの道に飛び込んできて欲しい。
医学部やその他、医療人を選考・育成する立場にある方々には、そういう人間であるか否かちゃんと見抜いて選考し、その資質を大切に育て伸ばして欲しい。
なりたい医師像と実際やっている仕事がマッチしていれば百人力!
それを生きがいと感じることができる人間の集団であれば、多少過酷な環境であっても、互いに支え合って楽しく頑張れるし、崩壊などするはずが無い。

幸いなことに、自分は今の状況の中で働くことは嫌いじゃない。
そして、同じ想いをもったアホな仲間もいる。
福島で働きながら学び、成長できること、そして「非常識」に「創生」なんて大それたことをいって盛り上がれることをありがたいと思っている。

2012年11月6日火曜日

診る前に「専門外」とはいかに?

患者さんを、疾患の領域で区別するという発想が無い家庭医にとって、専門外という概念はしっくりこない。

だから、

「専門外なので診れない」

プライマリ・ケアの現場にもかかわらず、患者を診もしないでそう発言する医師が存在することに愕然とする。
もちろん、専門の科が明確で、その主張が妥当な場合はあるが、
少なくとも、
「私は地域のプライマリ・ケアを担っている」
日頃そのように発言されている先生方には、患者を診る前に「専門外なので診れない」とは言って欲しくない。

そもそも、専門外かどうか?(自分に対応できるかどうか?)
軽症かどうか?
軽症に見えるが実は重篤な疾患の可能性が否定できないのか?
そこで対応が困難なのであれば、どこの何科に行けばよいのか?
そういったことを患者を診て判断するのがプライマリ・ケアを担う医師の重要な役割であり、求められる能力であり、たとえ他科専門医の治療が必要な状況であっても、かかりつけ医として果たすべき役割は、その治療前にも治療中にも治療後にも必ず存在する。

当然、仮に診察したとしても、

「私には分からないので、どこか大きい病院に行ってください」

これもプロとして診たとは言えない。
プライマリ・ケアを担う医師は、診断や治療が自分の守備範囲を超えると判断しても、その患者が適切な医療が受けられるための水先案内人という重要な役割を持っているからだ。
そうでなければ、急病患者さんの多くは、途方にくれながら直接病院に殺到し、病院の各科専門医の先生方に、プライマリ・ケア医の役割をも日々強いることになる。
(残念ながら、時間外診療の現場は既にそうなっているが・・・)

自分はどうか?

まだまだ未熟者で、自分で治療を完結できる範囲はとても狭いけれど、少なくとも
「どうしたらいいの?」
という疑問には、どの医学的領域であっても、適切にアドバイスし、適切な治療が受けられるように誘導したいし、そのように行動しているつもりである。

昨今、国や地方自治体などで、地域医療を担う医師の増員を誘導する動きが盛んであるが、具体的に「どこで、どんな役割をする医師を どれだけ増やせば良い」というビジョンがあるのだろうか?
病院の各科専門医の先生方が、その専門領域の医療に専念でき、その専門性をいかんなく発揮できる環境を創出するためには、質の高いプライマリ・ケアを提供できる医師を確保することも不可欠であるということを強く訴えたい。

2012年11月1日木曜日

家庭医療専門医 ~あなたにとって何でも相談できる身近な医師を~

「家庭医療専門医」ってなんでしょう?

今更ながら、日本プライマリ・ケア連合学会が作成した一般の方向けの資料を紹介します。
http://www.primary-care.or.jp/public/primarycare_iryo.pdf

ここでは、いま求められる新しい医師として家庭医療専門医を分かりやすく解説しています。

以下のような状況で、みなさんはどこに足を運びますか?

・何科にかかればよいか分からないとき
・お腹が痛くなったとき
・高血圧や糖尿病など生活習慣病になったとき
・インフルエンザなど予防接種を受けたいとき
・頭痛と肩こり、腰も痛く、背中もかゆいとき
・“じんましん”が出たとき
・タバコをやめたいと思ったとき
・自分がガンじゃないか心配なとき
・子どものおねしょで悩んだとき
・更年期障害で悩んでいるとき
・身体がしんどくて何もやる気がでないとき
・夜,目が覚めて眠れない日々が続くとき
・包丁で手をザックリと切ってしまったとき
・背中の痛みが続いていて,大きな病院を受診した方がよいのかどうか悩むとき
・おじいちゃんの介護に手がかかるようになり,主治医意見書を書いてほしいとき
・がんの末期だが,住み慣れた自宅で余生を過ごしたいと思ったとき
・おばあちゃんが認知症でだんだんと食べられなくなり,寝たきりになって往診が必要なとき
・内科と眼科と整形外科,皮膚科,泌尿器,すべての受診が困難になったとき

実は、これらはすべて家庭医の仕事(守備範囲)の具体例です。

日常的な健康問題は多種多彩ですが、このようなとき安心してかかれる医師や医療機関があれば心強いですね。
しかも、いろいろな問題を一緒に相談して解決できれば、素晴らしいと思いませんか?

具体的にこんなシチュエーションをどう思われますか?

<80歳男性:家入磐衛門さん>
・大腸がん手術後にて、3 ヶ月毎に隣の市(車で45分ほど)の消化器病センターを受診
・血圧とコレステロールの薬と胃薬をもらいに1 ヶ月毎に町内(車で15分ほど)の診療所(内科)を受診
・腰痛と膝の注射に町内(車で5分ほど)の整形外科クリニックを2 週間毎に受診
・6 ヶ月に1度、町内(車で25分ほど)の眼科医院で白内障のチェック
・最近、尿の出が悪くなり、町内(車で15分ほど)の泌尿器科クリニックに、月に1~2回の通院をはじめた

随分大変そうですね~
腰痛と膝の問題があるので、自力での受診は難しそうですし、通院の介助ができる家族はいるのでしょうか?
いろいろな医療機関を受診し、各専門家の治療を受けています。
我が国でよく見られる状況です。
このような患者さんが、あなたの周囲にもいるのではないでしょうか?
本当にこれでいいのでしょうか?

腰痛や膝の治療(痛み止め)が、胃の病状を悪化させることがあります。
また、それぞれの症状に対して異なる医師を受診すると、検査が重なったり、治療や薬が重複したりします。
お薬手帳の活用や医師同士の連携である程度は対処できますが、磐衛門さんのように5 か所の医療機関を受診している場合、全体を把握することは至難の業です。

病気の原因は、単に臓器の異常だけとは限らず、生活や仕事、家族や友人との関係なども関わります。
治療を受けるのは、心と体と固有の社会背景を併せ持った「あなた」という人間であって、「胃腸」や「膝」だけではありません。
家庭医は、症状のある臓器だけを治療しても、根底にある本来の問題を解決しなければ効果は限定的であることを知っているので、社会的背景を含めて総合的に治療します。

次に、例えばあなたが「腹痛」や「頭痛」などの理由で医療機関を受診するとき、同時に何らかの「思い」や「考え」を持たれているのではないでしょうか?
体の問題と同様に、あなたの気持ちや置かれた状況、ご希望なども重要です。
家庭医は、あなたの心に抱く思いを大切に考えます。

「患者中心の医療の方法③」をご参照ください。

家庭医が持つ視野はとにかく広角です!

そもそも、処方している薬はちゃんと飲めているのか?
認知症や嚥下障害など複合的な問題が絡んでくると、決まった時間に正しく服薬できない患者さんは少なくありません。
薬を飲ませてくれる家族がいるのか?
逆に、元気な働き盛りの人は、多忙で薬を飲み忘れてしまうかもしれませんし、そのことが後ろめたくて、薬が余っていることを医師に告げることができない人もいます。

その他、大事な視点として、高齢者の方の多くは、受診に付き添いまたは送迎が必要です。
そのことで、ご家族が時間的・経済的な負担で、生活を犠牲にしていませんが?
強引に本人が単独で受診し、移動中に危険な目に会ってないでしょうか?
訪問診療の必要性などを含め、ケアマネージャーさんと相談しながら、介護など各種医療補助の手続きや経済面の検討なども行います。

疾患の予防に対しても積極的で、
インフルエンザワクチンを毎年接種していますか?
車に乗るときはシートベルトをしていますか?
癌健診をいつも受けていますか?
疲労がたまりすぎていませんか?
気分が落ち込んで、何もやる気がしないと感じることはありませんか?
現在わずらっている病気に対する治療を続けていくだけにとどまらず、今後あらたに病気にならないように、予防医学や健康増進も考慮しながら、あなたの生活をサポートしていきます。

そして、避けては通れない、誰にも必ずいつかおとずれる死。
最期のお別れの時まで、できるだけ通常どおりの生活を送ったり、痛みなどの苦痛をできるだけ取ることをサポートしたいと、家庭医は考えています。

誰もが、長年にわたり、あなたやあなたの家族、地域のことをよく理解した真のかかりつけの町医者である家庭医が提供する医療が受けられる社会の実現を願っています。

2012年10月30日火曜日

診療時間外の急患がたらい回しになる理由



今宵も病院は穏やかでは無いようで救急車が縦列している。
(私、今夜は当直では無いですが・・・)

残念ながら、今のいわき市は、診療時間外の急患に関しては、たとえ発症現場の目の前に立派な病院がそびえ立っていたとしても、すんなりそこに搬送してもらえるとは限らない。

「はいどうぞ!」

と言ってくれる医師が当直している病院に救急車が集中してしまうしくみになっている。

なぜか?

医療ニーズが多様化した現代では、「診てさしあげたい」という気持ちだけでは出来ない事情がある。
昔なら医療を受けられるだけで幸せだった。
今は助からなければ医師のせい。
そんな風潮があるかぎり、必然的に医師はちゃんとトレーニングした自信のある領域以外は診れない(診たくない)ということになる。

残念ながら、診てもらうことへの患者側の感謝の気持ちも、拝見させていただくことで成長できることへの医師側の感謝の気持ちのいずれも持ちにくい社会になっている。

医師にも問題がある。
診もしない段階で「専門外だから診れない」と決めつける傾向はあり過ぎる。
軽症の患者さんの多くは、実際に診ない限り、診れないかどうかすら判断できないし、実際に診てみると対応できない患者さんは実は少ない。
主な症状だけ聞く限り「専門外」だと思われた患者さんを実際に診てみたら、どんピシャリで「専門領域」の疾患だったりすることもある。

例えば、「泌尿器科当直だから診れない」と診療を断られた「腹痛」の患者さんが泌尿器科疾患の「尿管結石」であったり、消化器科の先生に「循環器科へ」と診療を断られた「胸痛」の患者さんが消化器科疾患の「逆流性食道炎」であったりする。
漫談ではなく実際にこんなことが起きている。

だから

「はいどうぞ!」

と言ってくれる医師が当直している病院に救急車が集中してしまうしくみになっている。

必然的に・・・

そして、

たまたま

「はいどうぞ!」

と言ってくれる医師が当直している病院が無い夜は、ほとんどの患者さんが、最後の砦である三次医療機関(救命センター)に搬送されてしまうのだ。
救命センターに軽症の患者さんも殺到すれば、当然 重症患者さんへの対応が立ち行かなくなる。

そんなことが、いわき市で日々繰り返されている。