2012年12月28日金曜日

総合診療は、良い診療をするのが最も難しい専門科だが、いい加減にするのは最も簡単な専門科だ

日本では、プライマリ・ケアを専門に担う医師の名称が定まっていなかった。

しかし、名称よりも大事な本質。

これを蔑ろにして名称だけあてがっても何の意味もない。

プライマリ・ケアを専門に担う医師は、質の高いプライマリ・ケアを提供する能力を有する医師であるべきだ。

これは当たり前すぎることで、何の異論もないだろう。

では、そのプライマリ・ケアとは何なのか?

ヘルスケア・システムにおけるプライマリ・ケアの役割とそれを担う医師の専門性は、世界保健機関のThe World Health Report 2008 『Primary Health Care: Now More Than Ever』などに明記され、世界的に認識されいる。

そこに出てくるプライマリ・ケアを日本語で解釈すると以下のようになるだろう。

日常よく遭遇する病気や健康問題の大部分を
患者中心に解決するだけでなく
医療・介護の適正利用や
予防、健康維持・増進においても
利用者との継続的なパートナーシップを築きながら
地域内外の各種サービスと連携する
調整のハブ機能を持ち
家族と地域の実情と効率性(優れた費用対効果)を考慮して
提供されるサービス
[葛西龍樹. 2012]

どうだろう。
これだけのことをちゃんとこなしている医師はこれまでの日本にいただろうか?
でも、もしいたら今の日本各地で噴出している医療崩壊という社会問題は解決しそうである。

そして、これはまさに、これまで私たちが「家庭医療」と呼んできたものの本質であるし、日本国民の誰もが、こういったケアを受けられる社会を実現することが、この時代の日本、しかも福島、しかもいわきで地域医療に携わっている人間の使命であるし、ライフワークにしたいと思っている。

「こんな医師はいるわけがない、絵に描いた餅だ!」

と思われる方もおられるだろう。

しかし、世界的に見れば、プライマリ・ケアを専門に担う医師をちゃんと育ててこなかったチャレンジャーな先進国は日本だけ!
世界の多くの国は、プライマリ・ケア専用モビルスーツをちゃんと開発して既に活用している。
先進国に限定しなくても、プライマリ・ケア専用モビルスーツを真面目に開発してこなかった日本の仲間はもはや、ジンバブエ・ベトナム・ネパール・スリランカ・ブラジルぐらいだそうだ。

そう!

日本では、プライマリ・ケアを専門に担う医師の名称が決まっていなかったというよりも、プライマリ・ケアを専門に担う医師自体がいなかったのだから、名称が決まってなかったのは至極当然のことなのだ。

プライマリ・ケアを専門に担う医師の名称は世界各国で異なっている。

英国はじめオランダ、オーストラリアなどでは、「general practitioner(総合医)」
カナダ、米国、香港、シンガポールなどでは、「family physician(家庭医)」

これらをどう日本語訳するかで、もめてもめて決まっていなかったわけだ。
それは何ら本質的な問題ではない。

そんな中、厚生労働省の「専門医の在り方に関する検討会」(座長:高久文麿・日本医学会会長)の第14回会議が平成24年12月26日開催され、19番目の基本領域の専門医として位置付ける総合的な診療能力を持つ医師を、「総合診療医」とし、その専門医を「総合診療専門医」と呼ぶ方針でほぼ意見が一致した。

そんなわけで、これまで私たちは「家庭医」といってきた医師を、日本では今後「総合診療医」と呼ぶようになりそうだが、その言葉の意味が、

日常よく遭遇する病気や健康問題の大部分を
患者中心に解決するだけでなく
医療・介護の適正利用や
予防、健康維持・増進においても
利用者との継続的なパートナーシップを築きながら
地域内外の各種サービスと連携する
調整のハブ機能を持ち
家族と地域の実情と効率性(優れた費用対効果)を考慮して
提供されるサービスを提供する医師

として、国民誰もが正しく認識し、提供もされる日を一日も早く実現したい。


こんな話題に触れていると、思い出すフレーズがある。

「家庭医療(改:総合診療)は、良い診療をするのが最も難しい専門科だが、いい加減にするのは最も簡単な専門科だ」
[Haslam(2001)BMJ Career Focusより改変]

好きな言葉でもあり、身を引き締める言葉でもある。
総合診療科が、最も難しい専門科として発展していくことを願ってやまない。

2012年12月27日木曜日

「総合診療医」という名称 ~専門医の在り方に関する検討会~

厚生労働省の「専門医の在り方に関する検討会」は、平成24年12月26日、新たな専門医制度の中に位置付ける「総合的な診療能力を有する医師」の在り方について議論を深めた。その結果、名称を「総合診療医」で統一することでおおむね一致した。

とのことである。

名称は何であれ「総合的な診療能力を有する医師(以下:総合診療医)」という専門医を日本の医療制度のなかでどのように活用していくのか?というビジョンが示されなければ、単なる言葉遊びになってしまう。

総合診療医養成のための研修プログラムの充実と、総合診療医だからこそ提供できる専門医としての役割を明確にして、使命感を持った多くの若き医療人たちが、安心して総合診療医を志し、国民の誰もが総合診療医が提供する質の高いプライマリ・ケアを受けられるようになるまで、来年の干支であるヘビのように執拗に注視していきたい。

2012年12月21日金曜日

家庭医ってなんぞや? 「地域の皆さんを医学のプロとして愛する人」

家庭医ってなんぞや?

そう問われた時、一言で答えられないのが長年の悩み。

「定義を述べよ!」なんて質問されたらこう答えるかもしれない。

家庭医とは、どのような問題にもすぐに対応し、家族と地域の広がりの中で、疾患の背景にある問題を重視しながら、病気を持つひとを人間として理解し、からだとこころをバランスよくケアし、利用者との継続したパートナーシップを築き、そのケアに関わる多くの人と協力して、地域の健康ネットワークを創り、十分な説明と情報の提供を行うことに責任を持つ医師のことである。

1)家庭医療 ~家庭医をめざす人・家庭医と働く人のために~ 葛西龍樹著 ライフメディコム社より改変



ちょっと面倒なので、石井流に一言に置き換えてみるなら、「地域の皆さんを医学のプロとして愛する人」って感じだろうか?

ちょっとこっぱずかしい表現だし、格好つけてる感じに受け取られるかもしれないが、実は結構 本気(マジ)でもある。

家庭医以外の医師が患者を愛していないという意味ではない。
勿論、患者さんを愛することができる臓器専門医も、地域そのものを愛することができる疫学者もいる。
しかし、地域の皆さんを愛すること自体がプロとしての仕事そのものである医師は恐らく家庭医だけであるし、「家庭医じゃないけど地域の皆さんを愛しているよ」と真顔で言える医師は、既にその地域で立派に家庭医の役割を担っていると思う。

商売人がプロとして愛する対象はお客さん
一般に医師がプロとして愛する対象は患者さん
場合によっては対象がもっとずっと狭く、愛する対象が患者さんの一部(臓器とか細胞とか遺伝子とか)という医師もいるかも知れない。
家庭医がプロとして愛する対象は、それよりもメチャクチャ広角で地域の皆さん

人は愛するために生きている。
つまり、生きることは愛すること!

家庭医として生きるということは、自分の家族も、もちろん自分をも含めた、地域の皆さんを愛するということ。

「愛」とは「思いやり」であり「想像力のこと」
愛があれば、相手が望むことをかなえてあげたいという思いやりが生まれ、
想像力をはたらかせてそれを実現しようとするでしょう。
~瀬戸内寂聴~

寂聴氏の言葉を家庭医の仕事に置き換えると、地域の皆さんを愛しているなら、出来る限り地域の皆さんの望み通りに診てさしあげたいという思いが生まれ、想像力をはたらかせてそれを実現しようとするだろう。
少なくとも先ずは何でも相談にのるだろうし、患者さんの家族や地域の状況を出来るだけ把握して、患者さんのことは病気に関すること以外でも何でも知りたがって、からだとこころをバランスよくケアするだろう。
また、長期にわたり信頼関係を築いて、他に協力してくれる人がいたら、遠慮なく手伝ってもらったり、地域のイベントとかで妙な達成感や一体感で盛り上がったり、自分の愛し方によって得られた結果を真摯に受け止め、いい意味で悪あがきしながら、次はもっと上手に愛したいと願うだろう。

ここまでツラツラ述べて来て、あることに気付いてしまった。

「地域に生き、地域で働くことのできる医師の育成」
これは福島県立医大が提唱する「ホームステイ型医学教育・研修プログラム」のコンセプトであるが、それこそ、「地域に生き、地域で働くことのできる医師」ってつまり「地域の皆さんを医学のプロとして愛する人」ってことだよねぇ~

私が、自分や家族も含む この地域(いわき)の皆さんを、上手に愛することができるかどうかが、私のプロとしての仕事の質に関わってくるし、私自身の幸福にもつながっていくのである。

巷では、本日がマヤ歴の大晦日と言うことで話題になっているが、どこで人生を終えることになっても、死ぬまで愛するために生き続けられたらそれでいいいと思う・・・

2012年12月18日火曜日

Program of Patient Centered Interview Training (PoPCIT)

次回のFaMReFの予告!

2013年1月のFamReFは 1月12日(土) 福島県伊達市 保原中央クリニックを会場に開催予定です。

メイン企画は・・・

医療面接の型を学ぶ!そして、型からアートへ・・・
Program of Patient Centered Interview Training」(PoPCIT)


アートと科学の融合、医療面接。現在、それを体系的かつ実践的に学ぶ「方法」はほとんどありません。
(理論、モデル自体は山ほどありますが)


・面接の中で“自然に”患者の背景、感情を聴き出すのがニガテ・・・
・複数のニーズを持ち込む患者に対応するのがニガテ・・・
・しばしば面接中に、自分の言葉が場をしらけさせる・・・
・“患者中心”に医療面接をしていると時間がかかってしまう・・・
・個性的な患者へのニガテ意識が強い・・・
・患者中心でありながらMedicalなポイントをしっかりおさえた医療面接を現実的な外来時間内でこなせるようになりたい!

上記のひとつでも当てはまる、あなた!
いっしょに医療面接を学びませんか?

PoPCIT(ポップシット)は特別な優れた指導医がその場にいなくても、研修医同士でも(自分一人だけも)、スポーツトレーニングのように、反復練習によって面接力を磨くためのプログラムです。


保原中央クリニック 家庭医療科では「エビデンスに基づいた患者中心の医療面接(診断と治療社)」を参考テキストとして2週間に1度勉強会を行っています。

今回のWSではそこでの学びをもとに考えた(現在も考案中)医療面接トレーニングプラグラムを紹介したいと思います。

今回のメイン企画は、家庭医療後期研修医向けの内容になっていますが、後期研修医以外の方の参加ももちろん可能です。

参加ご希望の方、興味のある方は、当講座までご連絡ください! タイムスケジュールが決まり次第、お知らせいたします。
たくさんのご参加をお待ちしております!

comfam@fmu.ac.jp (事務:國分、玉木)


勉強会開催予定 

「牛久大仏」のち「ポップコーン」

あみプレミアム・アウトレットに行くと、必ず遭遇できる牛久大仏をご存じだろうか?


牛久大仏(うしくだいぶつ、正式名称:牛久阿弥陀大佛)は、茨城県牛久市にあるブロンズ像で、全高120m(像高100m、台座20m)あり、立像の高さは世界で3番目だが、ブロンズ立像としては世界最大だそうで、ギネスブックには「世界一の大きさのブロンズ製仏像」として登録されている。

圏央道を走らせると、まるで大仏さまが追いかけて来るようでちょっと怖い。

この日(12月16日)は夕焼けが美しく、常磐道からも富士山がよく見えた。


買い物を終えて、そろそろいわきに帰るかと思いきや、気づくと東京に足を伸ばしているのが我が家の恐ろしいところ・・・
決して入ることのできないコンサートであっても、会場に足を運ぶこと自体に意味があることを理解して久しい。


鋭気を蓄える儀式

これは、芸能人の結婚披露宴ではない。
社団医療法人「養生会」の大忘年会の様子である。


市内で500人超規模のパーティーができる施設はほとんどなく、最近では いわきワシントンホテル椿山荘さんにお世話になるのが常になっている。


養生会の大忘年会といえば、各部署からの余興(出し物)が有名だが、ただの娯楽と言うよりも、人生かけてるくらいの気合の入りようでいつも圧倒される。
この一大イベントをプロデュースした職員の会幹事(別名:大忘年会幹事)の皆さんとその代表を務めたレジデントのM君に敬意を表する。


今年 医局は余興にエントリーしない予定であった。
というのも、もともと医局員たちは、その強烈なキャラクターを武器に、毎回各部署の強力な助っ人としても活躍しているので「あらためて医局からも出し物を出さなくても良いのでは?」という医局員の意見でまとまっていた。

ところが、職員の会全会一致で「医局の余興なくして年を越せない」というありがたいオファーをいただき、重い腰をあげて、今年も医局の芸人達が弾けた次第である。


練習回数1回、練習時間僅か30分にも関わらず思いのほか盛り上がり、今年も無事に年が越せそうである。

あとの祭、じゃなくて祭の後・・・

2012年12月17日月曜日

ままどおるの天ぷら

講座の忘年会を郡山で開催したこの日、ビッグパレットふくしまでは、原子力安全に関する福島閣僚会議が開催され、国際原子力機関(IAEA)関係の方々が数多く郡山を訪れていたようで、二次会場探しに苦労した。

やっと見つけた「ぽぽぽぽ~ん」なこの店(安兵衛)
2階の広い座敷に案内されたのだが、落ち着いた雰囲気で、かつ店員さんのノリが良いお店でとても良かった。
別腹でたのんだ「ままどおる」の甘い天ぷらをつまみながら、なぜか更にビールを追加でどんどん注文するやから達・・・
饅頭の天ぷらは福島で定番の食べ方だが、ままどおるだと饅頭より軽い感じだった。

徐々にその場に寝っ転がる人々が現れた頃には、はやくも午前様になっていたとさ!





決定!「家庭医療 珍プレー・好プレー大賞 2012」

三春町立三春病院でおこなわれた今年最後の家庭医療レジデント・フォーラム(Family Medicine Resident Forum:FaMReF)で飛び出した忘年企画

「ComFaM 家庭医療 珍プレー・好プレー大賞 2012」


診療・もしくはその他のマネジメントにおける、家庭医としての「珍プレー」「好プレー」を自薦・他薦を問わず講座員に発表してもらった。
当日のFaMReF参加者の投票により「最優秀珍プレー大賞」と「最優秀好プレー大賞」を決定し、同日郡山駅近くの民芸居酒屋「デコ屋敷」で開催した忘年会(懇親会)で発表&表彰式を行った。
発表では、珍プレー・好プレーともに面白くて興味をひく内容が多かったが、それを単なるネタとして終わらせてしまうのではなく、ユーモアあふれる診療の中でも、家庭医を特徴づける能力の実践を意識して、日々深く学んでいることが実感できてとても感心した。
思わず「えっ?」と思いたくなる患者さんの症状にも、真摯に耳を傾けて、共通の理解基盤を探る。
経過に疑問を感じた時、何度でも診療を振り返り、どこかで思い込みという迷路に迷いこんでないか再検討する執念。
医師が患者になった時、あらためて気付く予防医学の重要性!
家族にとっての初めての看取りの瞬間。家庭医がただそこにいることの意義。
オフ・シーズンの夜の滝桜は、巨大な柳の木にしか見えないこと・・・
特異的な経過や所見を前にした時、対応するレアな病態をついつい優先的に考えてしまうけれど、結局コモンはいつでもコモンであること。
家庭医として職場で(いい意味で)アホな存在であること。


様々な教訓を胸に、今年も暮れていくのであった・・・

ハイブリッドなFaMReF

2012年12月15日(土)は今年最後の講座月例の勉強会、家庭医療レジデント・フォーラム(Family Medicine Resident Forum:FaMReF)であった。

普段、時間的にも空間的にも離れた各サイトで活動している各講座員たちが毎月、診療業務調整をして一堂に会して直接ディスカッションする場の提供をコンセプトに開催されてきた。
その基本路線は何ら変わらないものの、どうしても業務調整がつかずに会場まで移動して参加できないメンバーのための学びの共有の方法について、VTR撮影や動画配信などを試みてきたが、あまりうまくいっていなかった。

今回、もともと活用しているTV会議システムを併用する方法を試みたが、遠隔からも まずまず快適に参加可能なようであった。