2026年3月29日日曜日

リブート最終回に学ぶ家庭医療

今宵は、TBSドラマ「リブート」の最終回でした。

私は、ひとつの場面から目を離すことができませんでした。

悪役として描かれてきた合六が、
家族を守るために、土下座した瞬間です。

それまでの彼は、強く、冷酷で、揺るがない存在でした。
誰にも頭を下げない人間だったはずです。

けれど、その人が、
すべてを捨てるように、地に額をつけた。

あのとき彼は、
悪役でも、権力者でもありませんでした。

ただの――
「家族を守りたい一人の人間」でした。

私たちは日々、
患者さんを「高血圧の人」「認知症の人」として見てしまいます。

けれど本当は、その人にも、

守ってきたものがあり、
守れなかったものがあり、
そして今も、守りたい何かがある。

診察室で、ふとした瞬間に、
それまで強がっていた人が、ぽつりと本音をこぼすことがあります。

「本当は、家に帰りたいんです」
「迷惑をかけたくないんです」
「もう少しだけ、一緒にいたいんです」

そのとき、その人は、
社会的な役割や肩書きを脱ぎ捨てて、

ただの“人間”に戻っています。

合六の土下座は、
許しを請う姿ではなかったのだと思います。

あれは、
大切なものの前で、自分という存在を一度壊し、
それでも守りたいと願った、人の姿でした。

家庭医療とは、
時に、その生々しい瞬間に立ち会う仕事です。

人が、役割を脱ぎ捨て、
本当の自分に戻る、その瞬間に。

人生は、リセットすることはできません。
過去は消えません。

それでも――

人は、何度でもリブートすることができる。

私たちの仕事は、
その再起動のボタンを押すことではありません。

ただ、その人がもう一度立ち上がろうとする時、
そっと隣にいること。

あの土下座のように、
本音をさらけ出し、
最も大切なものを守ろうとする、その瞬間に。

静かに立ち会える医療者でありたい。

そう思います。


Family Medicine Through the Lens of Reboot:

Witnessing Human “Reboots”**

Tonight, I would like to begin with a scene from a Japanese television drama, Reboot.

This is a suspense story about a man who is forced to rebuild his life under a new identity after being accused of a crime he did not commit.
At its core, however, it is not merely a thriller—it is a story about family, identity, and what it means to start over.

There was one scene in the final episode that I simply could not look away from.

A character named Goroku—portrayed throughout the series as a ruthless antagonist—
falls to the ground in a deep, desperate bow.

He does this for one reason:
to protect his family.

Until that moment, he had been depicted as powerful, calculating, and unyielding—
a man who would never bow to anyone.

And yet, there he was,
pressing his forehead to the ground,
as if abandoning everything he once was.

In that moment,
he was no longer a villain,
nor a man of power.

He was simply—
a human being trying to protect his family.

In our daily clinical practice,
we often see patients through diagnostic labels:

“a patient with hypertension,”
“a patient with dementia.”

But in reality, every person carries a life far beyond those labels.

There are things they have protected,
things they could not protect,
and things they are still trying to hold on to.

In the consultation room, there are moments—quiet and easily overlooked—
when a patient who has been holding themselves together
suddenly reveals a deeply human truth:

“I just want to go home.”
“I don’t want to be a burden.”
“I want a little more time with my family.”

In those moments,
they let go of their roles, their social identities, their defenses—

and return to being simply human.

That bow in the drama was not an act of asking for forgiveness.

It was something deeper.

It was the moment a person breaks themselves down
in front of what matters most—
and still chooses to protect it.

Family medicine is the discipline that stands witness
to these raw and unguarded moments.

Moments when a person lays down their roles
and reconnects with who they truly are.

Life cannot be reset.
The past does not disappear.

And yet—

human beings are capable of “rebooting.”

Not by erasing the past,
but by continuing forward,
changed.

Our role as family physicians
is not to press the “restart” button for our patients.

It is simply to be there—
quietly, consistently—
when they attempt to stand up again.

In those moments—
like that bow—
when someone lays bare their truth
to protect what matters most,

I hope to be the kind of physician
who can stand quietly beside them.

“Family medicine is the art of witnessing human ‘reboots’—

moments when people return to being simply human.”

「まさか」の向こうにあったもの — 海の向こうから、この場所を見ている皆さんへ — Beyond “Unexpected”: A Small Local Blog Quietly Reaching the World

先ほど、何気なくこのブログ開設以来のアクセス元の約半数が海外からであったことをご報告しましたが、その流れで、直近1年間(2025年度)のアクセス統計を確認してみました。

(2025年4月〜2026年3月)

そして、正直に言います。

——少し、いや、かなり驚きました。

年間およそ4万アクセスのうち、
日本からのアクセスは、わずか3,000弱。
割合にして、約7.5%。

残りの大半は、
シンガポール、アメリカ、香港、メキシコ、中国、韓国、ドイツ、英国……

気づけば、このブログは、
“いわき発”でありながら、
“世界のどこか”から読まれている場所になっていました。


もちろん、冷静に考えれば、
そのすべてが「人の目」で読まれているわけではないのでしょう。

検索エンジンの巡回や、翻訳ツール、
あるいは様々な仕組みの中で、この文章が拾われている。
そういう現実も、きっとあります。

それでも——

この数字を前にして、
ただ「そういうものか」と片づけてしまうのは、
少しもったいない気がしました。


世界はいま、急速に老いていきます。

その中で日本は、
誰よりも早く、その“先”に足を踏み入れてしまった国です。

多くの病を抱えながら生きる人、
支えきれずに揺れる家族、
制度の隙間で立ち止まる現場。

ここに書いているのは、
決して整った成功例ではありません。

むしろ、
迷いながら、立ち止まりながら、
それでも関わり続ける日々の記録です。


もしかすると、海の向こうからこの場所を見ている人たちは、

「うまくいった方法」ではなく、
「まだ答えの出ていない現場」を、
そっと覗き込んでいるのかもしれません。

これから自分たちが直面する現実を、
少しだけ先に生きている場所として。


そう考えたとき、
このブログのあり方も、少しだけ変えてみようと思いました。

これからは、各記事の最後に、
短い英語の要約を添えてみます。

完璧な英語ではないかもしれません。
すべてを説明しきれるわけでもありません。

それでも、
この場所で起きていることの一端が、
もう少し遠くまで届くように。

そんな小さな試みです。


振り返れば、このブログは、
決して多くを語れる場所ではありませんでした。

ただ、目の前の一人に向き合いながら、
揺れ動く現場を、そのまま言葉にしてきただけです。

それでも、
その言葉を拾い上げてくれる人がいる。

たとえ、それが遠い国の、名前も知らない誰かであっても。


来年度も、この場所では、
きっと同じように迷い、悩み、立ち止まりながら、
それでも書き続けていくのだと思います。

整った答えではなく、
整いきらない“今”を、そのままに。


そして、これまで読んでくださっている皆さまへ。

この場所を支えてくださっているのは、
間違いなく、あなたの存在です。

近くから読んでくださる方も、
遠くから覗いてくださる方も。

そのどちらもが、
この場所の“今”を形作っています。


海の向こうへ、そして、すぐそばにいるあなたへ。

来年度も、どうかよろしくお願いいたします。


Beyond “Unexpected”: A Small Local Blog Quietly Reaching the World

Over the past year, this blog—written in Japanese from a small city in Japan—received around 40,000 visits.
Surprisingly, only about 7.5% came from Japan, while the majority originated from countries such as Singapore, the United States, Hong Kong, Mexico, China, Korea, Germany, and the UK.

Not all of these visits may represent human readers; some are likely automated systems such as search engines or translation tools.
However, it still raises an important question: why is this local, Japanese-language blog being accessed globally?

Japan is one of the first countries to face a super-aging society.
The realities described here—multimorbidity, fragile family structures, and the limits of healthcare systems—are challenges that many countries will soon encounter.

This blog does not present polished solutions.
Instead, it documents ongoing struggles, uncertainties, and small, real-life decisions made in clinical practice.

Perhaps what global readers are seeking is not success, but the process—the unfinished, evolving reality.

Starting this year, brief English summaries will be added to each post,
in the hope that these fragments of frontline experience may reach a little further.

Thank you for being part of this journey, wherever you are in the world.

2026年3月28日土曜日

30万アクセスの向こう側に見えたもの


— 世界がのぞき込んでいるのは、完成形ではなかろう —

気がつけば、「いわきで創る家庭医療」は、まもなく30万アクセスに手が届こうとしています。
ここまで続けてこられたのは、間違いなく、この場所を訪れてくださる皆様のおかげです。心より感謝申し上げます。

そんな節目を前に、ふとアクセス解析を開いてみました。
すると、少し不思議な光景が目に飛び込んできました。

アメリカ合衆国をはじめ、海外からのアクセスが、ほぼ半数。

英語で書いているわけでもない。
海外発信を意識しているわけでもない。
それでも、この“いわきの現場の言葉”が、海の向こうから覗かれている。

正直に言えば、最初は少しだけ、こう思いました。
「ついに世界が、我々の先進的な取り組みに気づいたか」と。

——けれど、その解釈は、少しだけ都合が良すぎるようです。

おそらく実際には、もっと静かで、もっと切実な理由があるのでしょう。

世界はいま、急速に老いていこうとしています。
その中で、日本は、誰よりも早く“その先”に足を踏み入れてしまった国です。

多疾患を抱え、通院もままならず、
家族のかたちも揺らぎ、
「治す」だけでは支えきれない時間が、日常の中に増えていく。

その現実に、制度も、医療も、まだ追いついていない。

——だからこそ、見られているのだと思います。

完成されたモデルとしてではなく、
むしろ、“まだ答えの出ていない現場”として。

論文にはならない逡巡や、
教科書には載らない家族の言葉や、
その場でしか生まれない、小さな決断の積み重ね。

そういうものが、この場所には、確かに残っている。

もしかすると世界は、
「うまくいった方法」ではなく、
「うまくいかなかったかもしれない試行錯誤」をこそ、必要としているのかもしれません。

もしそうだとしたら——

このブログに書いてきたものは、
誇れる成果というよりは、
ただの記録です。

迷いながら、それでも関わり続けた日々の、
ささやかな痕跡です。

けれど、その痕跡を、誰かが遠くから見つめている。

同じように、これから訪れるであろう現実に向き合うために。

そう思うと、30万という数字の重みが、少しだけ変わって見えてきます。

それは、到達点ではなく、
どこか遠くの誰かと、静かにつながってしまった“入口”なのかもしれません。

これからも、この場所では、
特別なことは書けないと思います。

ただ、目の前の一人に向き合いながら、
揺れ動く現場を、そのまま言葉にしていく。

整っていなくてもいい。
むしろ、整いきらないままのほうが、届くものもあると信じて。

30万アクセスのその先で、
もし誰かがこの言葉を拾ってくれるのなら。

それはきっと、
完成された答えではなく——

未完成のまま、踏みとどまっている“今”そのものなのだと思います。


English Summary (for international readers)

“What Lies Beyond 300,000 Visits”

This blog, written from a small city in Japan, is approaching 300,000 visits.
Surprisingly, nearly half of the access comes from outside Japan, especially from the United States, despite being written almost entirely in Japanese.

At first, it was tempting to believe that our “advanced practice” in family medicine had gained global attention.
But the reality may be quieter—and more profound.

Japan is one of the first countries to face a super-aging society.
Patients live with multiple chronic conditions, families are changing, and healthcare systems are still struggling to adapt.

What you may find here is not a polished model or a clear solution.
Rather, it is a collection of ongoing struggles, small decisions, and imperfect attempts made in real clinical settings.

These are not academic papers.
They are fragments of lived experiences.

Perhaps what the world is looking for is not success stories, but the process of trial and error—
the uncertainty, the hesitation, and the persistence.

If this blog has any value beyond Japan,
it lies not in presenting answers, but in documenting questions that remain unresolved.

And if these words reach someone, somewhere in the world,
it may not be because they are complete—
but because they are still in the middle of becoming.


点を線にするということ

また、とある痛ましい事件の報道に触れました。

「なぜ防げなかったのか」

その問いに向き合うとき、
私たちはつい、“誰かの責任”という形で答えを探してしまいます。

でも現実は、もう少し違うのかもしれません。

医療も、行政も、警察も、
それぞれの場所で、それぞれの“最善”を尽くしています。

診察室では、体調や心の不調に向き合い。
行政は、相談窓口を整え、支援制度を用意し。
警察は、通報や被害申告に応じて、安全確保に動く。

どれも、間違っていない。

それでも、悲劇が起きてしまう。

その理由を、あえて一つだけ挙げるとすれば——
それは、「情報が点で存在している」ということかもしれません。

例えば。

診察室で、「最近眠れない」と話した人。
行政窓口で、「少し困っている」と相談した人。
警察に、「不安を感じている」と伝えた人。

それぞれは、単独では“よくある相談”に見えるかもしれません。

でも、それが一人の人に重なったとき、
まったく違う意味を持つ可能性があります。

問題は、
それぞれの“点”が、つながらないことです。

家庭医療の現場では、
ときに「これは医療だけでは支えきれない」と感じる瞬間があります。

生活の問題。
人間関係の歪み。
安全そのものへの不安。

そのとき、私たちは紹介状を書くことはできます。
行政の窓口を案内することもできる。

でも、それが“本当に届いたかどうか”は、見えないことが多い。

ここに、まだ伸びしろがあります。

例えば、
医療・行政・警察の間に、“ゆるやかな接点”を持つ仕組み

個人情報の壁や制度の違いを前提にしながらも、
「このケースは少し気にかけた方がいいかもしれない」という感覚を、
共有できる場や関係性。

形式ばった連携会議ではなくてもいい。

顔の見える関係。
困ったときに、名前が思い浮かぶ関係。

実際、地域によっては、
医療・福祉・警察が定期的に顔を合わせる場があります。

そこで共有されるのは、
確定した事実だけではなく、
“なんとなく気になる”という、言葉になりきらない感覚です。

その曖昧さこそが、
早い段階での支えにつながることがあります。

もう一つ、大切なのは、
「つなぐ責任」を、一人で背負わないことです。

家庭医は、入り口としての守備範囲は広くても、
すべてを抱えることはできません。

行政も、警察も、同じです。

だからこそ、
「ここから先は一緒に考えましょう」と言える関係。

役割を分けるのではなく、
重ねるイメージ。

もちろん、
それでもすべての悲劇を防ぐことはできないでしょう。

それは、認めざるを得ない現実です。

それでも。

点のままだった情報が、
ほんの少しでも線になったとき。

「誰にも届かなかったかもしれないサイン」が、
どこかで受け止められる可能性は、確かに高まります。

大きな制度改革は、時間がかかります。

でも、
「顔を知る」
「相談していいと思える」
「一緒に考える」

その関係づくりは、
今日からでも始められるのかもしれません。

診察室で出会う、一人の患者。

その背後には、
まだ見えていない物語と、
まだつながっていない誰かがいます。

その“点”を、
ほんの少しだけ、外につなげてみること。

それが、家庭医としてできる、
現実的で、小さな一歩なのだと思います。



処方箋のない処方

診察室に入ってきたその方は、少しだけ笑っていました。

「先生、どこが悪いってわけじゃないんだけどね」

よくある一言です。

でも、家庭医をやっていると分かってきます。

こういう言葉の奥にこそ、本当の“困りごと”が隠れていることを。

血液検査は問題なし。

胸の音も、心電図も、特に異常はない。

それでも、「なんとなく調子が悪い」「眠れない」「食欲がない」。

身体のどこを探しても、“原因”は見つかりません。

そこで、何気なく聴きました。

「ところで 最近、どなたかとお話しされていますか?」

その方は少し黙ってから、こう言いました。

「…誰とも、話してないかもしれないね」

配偶者を数年前に亡くし、子どもは遠方。

近所付き合いも、いつの間にか途切れていたそうです。

そのとき、ふと思いました。

—この人の“症状”は、身体ではなく、孤独な暮らしの中にあるのではないか。

最近、「孤独」が健康に与える影響が注目されています。

喫煙や肥満と並ぶ、あるいはそれ以上のリスクとも言われることがあります。

でも、診療の現場では、それを数値で測ることはできません。

処方箋にも、検査オーダーにも、直接は書けない。

だからこそ、私たちは迷います。

薬を出すべきか、それとも—

その方には、薬を一つ増やす代わりに、こんな提案をしました。

「近くのお茶会でもなんでも、定期的に、少し強制的にでも人と話す機会をつくってみては? もしよければ…」

医療なのかと問われれば、そうではないかもしれません。

でも、“その人の健康”を考えたとき、確かに必要な一歩でした。

そして、再び来院されたとき、表情が少し柔らかくなっていました。

「この前ね、まちの集会で久しぶりに笑ったの」

その一言で、十分でした。

家庭医療の場面では、医学的な介入が無力な場面にしばしば出会います。

しかし、関わり方を変えることで、

その人の“生きやすさ”が少し変わることがあります。

薬ではなく、つながりを。

治療ではなく、関係を。

そんな“処方”が、確かに存在します。

医師になったばかりの頃、

私は「正しい診断」と「適切な治療」こそが全てだと思っていました。

でも今は、少しだけ違います。

本当に必要なのは、

その人が、もう一度「誰かと笑える」ことなのかもしれない。

処方箋に書けないものが、

その人を一番、救うことがある。


正解を出す:機械、納得をつくる:人

診察室に入ってくるなり、その方はスマートフォンを差し出しました。

「先生、これ見てください。
 AIに聞いたら、“この症状はこの病気の可能性が高い”って」

画面には、よく整った文章が並んでいました。
過不足なく、論理的で、どこか安心感すらある文章。

きっと、それは“正しい”のでしょう。

「なるほど、よく調べていらっしゃいますね」

そう答えながら、私は少しだけ考えていました。
この情報で、この人は安心したのだろうか。

あるいは逆に、
不安が、より“はっきりした形”になってしまったのではないか。

AIは、正確な情報を提示します。
膨大な知識をもとに、矛盾の少ない答えを導き出します。

それは、医療にとって大きな力です。
診断の補助、情報の整理、標準治療の提示。

間違いなく、これからの医療に欠かせない存在です。

でも、診察室で向き合っているのは、
“情報”ではなく、“人”です。

同じ症状でも、
「とにかく原因を知りたい人」と、
「大きな病気でないと分かれば安心できる人」がいます。

同じ“正解”でも、
それが救いになる人と、
かえって縛りになる人がいます。

「この病気の可能性は、確かにゼロではありません」

そうお伝えしたあとで、私は続けました。

「でも、今のお話や診察の結果から考えると、
 すぐに心配しなければならない状態ではなさそうです」

少し間があって、その方は息を吐きました。
「……そうですか」

その一言には、
画面の中のどの文章にもなかった“重さ”がありました。

AIは、“正解”を出します。
でも、その正解が、
その人にとって“受け入れられる形”になっているとは限りません。

家庭医の役割は、
その間に立つことなのかもしれません。

情報を、意味に変える。
知識を、その人の人生の中に置き直す。

ときに私たちは、
診断をつけることよりも、
言葉を選ぶことに、ずっと長い時間を使います。

「大丈夫ですよ」と言うか、
「今は様子を見ましょう」と言うか、
それとも、あえて何も言わずに頷くだけにするか。

その違いが、
その人のこれからの数日、数週間、
もしかすると人生そのものを左右することがあります。

AIが進化すればするほど、
医療はもっと効率的で、標準的で、速くなるでしょう。

それでも、診察室には、
効率では測れないものが残り続けます。

迷い。ためらい。希望。
そして、言葉にならない感情。

医師になったばかりの頃、
私は「正しいことを言う」ことが大切だと思っていました。

でも今は、少し違います。

その人が、「それでいい」と思える形で、
未来を歩めること。

そのために、どんな言葉を手渡せるか。

正解を出すのは、機械でもできる時代になりました。

でも、
その正解で人が前を向けるようにするのは、
きっと、まだ人にしかできない。

正解を出すのはAI。
納得をつくるのは、家庭医。

2026年3月25日水曜日

命をつないだラジオ ─ FMいわきと、あの日の声

震災から15年。

プロジェクトX〜挑戦者たち〜で、いわきのコミュニティFM「FMいわき」が紹介された。

東日本大震災当時、あの“声”を聴いた瞬間、胸の奥が熱くなった。

いわき市は地震と津波、そして原発事故によって、街全体が混乱の中にあった。
多くの人(住民の9割とも推計される)が自主避難し、情報が途絶える中で、唯一市内に残り、放送を続けていたのがFMいわきのスタッフたちだった。

停電、断水、通信障害――。
彼ら自身も被災者でありながら、安否情報、避難所の場所、給水所やガソリンスタンドの開設状況など、市民一人ひとりの生活に必要な情報を、24時間体制で発信し続けた。

番組の中で、あるスタッフが語っていた。
「自分たちも怖かった。でも、“声があるだけで安心する”って言われたんです。だから、止められなかった。」

その言葉に、涙があふれた。

私も当時、避難所を回っていた。
空間放射線量が高い中、不安と孤独が入り混じる車内で耳にしたのは、いつもの聴き慣れた声――
けれど、どこか少しだけ引き締まった「FMいわき」の声だった。

「この人たちも、ここで頑張っているんだ」

そう思った瞬間、涙が止まらなかった。
そして、自然とこう思えた。

「この人たちと一緒に頑張ればいい」

あれほど強かった孤独は、その瞬間、静かにほどけていった。

番組の最後に映し出された言葉――
「命をつないだラジオ」。

この小さな放送局の挑戦は、“情報”を超えて、“人に寄り添う力”とは何かを教えてくれる。

今でもFMいわきの放送が耳に入ると、あの日々の献身への深い敬意とともに、自然と耳を傾けてしまう。

あの声があったから、
私たちは、孤独ではなかったのだから。

2026年3月21日土曜日

「リブート」から夢想する家庭医療

TBSドラマ「リブート」を観ながら、得意の夢想が始まる。

この作品は、妻殺しの濡れ衣を着せられた主人公が、“顔を変えて別人として生きる=リブート”し、家族を守るために真実を追うという物語だが、 これは単なるサスペンスではなく、「家族」「再生」「嘘と真実」を軸にした物語である。

「人は、どこまでやり直せるのだろうか」

顔を変え、名前を変え、過去を捨てる――。
そんな極端な“再起動”は現実には起こらない。

けれど、私たちは日々、もっと静かで、もっと不器用なリブートに立ち会っている。

外来で出会うあの人も、病棟で寄り添ったあの家族も、皆それぞれに「前の人生」を背負っている。
診察室に入ってくるのは“今の姿”だが、本当はそこに至るまでに、何度も壊れ、何度も立ち上がろうとした軌跡がある。

うつで笑えなくなった人。
認知症で「らしさ」を失っていく人。
アルコールで家族を遠ざけてしまった人。

けれど私は知っている。
その人には、確かに「リブート前」があったことを。
誰かを大切にし、誰かに大切にされていた時間があったことを。

家庭医療とは、その“失われた物語”を探しにいく営みなのだと思う。

「大丈夫です」と言う本人。
「全然大丈夫じゃない」と言う家族。
「最近おかしい」とつぶやく周囲。

どれも嘘ではない。
どれも完全な真実でもない。

私たちは、そのバラバラの言葉を拾い集めて、ひとつの物語に編み直していく。
正解を当てるためではない。
その人が、もう一度“自分の人生を生き直す”ために。

ときに、患者は治療を拒む。
医学的には間違っている選択をする。
それでも、その選択の奥には必ず理由がある。

「家に帰りたい」
「迷惑をかけたくない」
「もう十分生きた」

それは論理ではなく、“その人の人生そのもの”だ。

だから私たちは、正しさだけでは動かない。
納得と、関係性と、時間の中でしか進めない医療を選び続ける。

リブートは、一度きりのものではない。
禁煙に失敗して、また挑戦する。
途切れた家族の会話が、少しだけ戻る。
歩けなかった人が、もう一度立ち上がる。

その一つひとつは小さく、誰にも気づかれない。
けれど確かに、それは“人生の再起動”だ。

そして、ときどき思う。
リブートされているのは、患者だけではないのではないかと。

迷いながら診療する日。
何もできなかったと感じる夜。
それでも翌朝、また現場に行く。

私たちもまた、誰かとの出会いの中で、少しずつ変わり続けている。

医師とは、完成された存在ではない。
誰かの人生に触れるたびに、自分自身も静かに更新されていく存在だ。

人は、何度でもやり直せるのだろうか。

答えは、きっと診療の現場の中にある。

劇的ではなくていい。
完璧でなくていい。

ただ、その人がもう一度、自分の人生に戻ろうとする瞬間に、そっと隣にいられること。

それこそが、家庭医療なのだと思う。

2026年3月20日金曜日

「つながり」に思いを馳せる日

 

今日は彼岸の中日。

春分の日と秋分の日を中心とする彼岸の時期は、
この世(此岸)とあの世(彼岸)が最も近づく時期とされています。

ご先祖様や大切な人に想いを馳せるこの日に、
私たちは日々の診療の中で出会った「いのち」と、そのつながりを思い返します。

お看取りの場面では、
その人が歩んできた時間と、
ご家族との関係が、静かに浮かび上がってきます。

別れの瞬間であっても、
そこには確かに続いていく“つながり”があります。

医療は、命を延ばすことだけではなく、
その人らしい最期と、その後も続くご家族の時間を支える営みでもあります。

彼岸の中日――
見えないけれど確かにある「つながり」に、思いを寄せながら。

私たちはこれからも、
一人ひとりの人生と、その先に続く物語に向き合う医療を大切にしていきます。

「別れは終わりではなく、かたちを変えたつながりの始まりかもしれません」

2026年3月14日土曜日

赤飯を捨てなくていい仕組み創り

 2026年3月11日 いわき市の学校給食として準備された赤飯約2100食が破棄されたとの報道を拝見しました。

震災から15年という特別な日に対する様々な思いがあり、関係者の皆さんがそれぞれの立場で真剣に考え、判断された結果であったのだろうと受け止めています。

一方で、医療や福祉の現場に身を置く者として、「食べること」は命や健康を支える根源的な営みであり、同時に食べ物を大切にする姿勢そのものが、次の世代に伝えるべき重要な価値だと日々感じています。その意味では、もし別の形で活かす方法があったならばとも思わずにはいられません。

東日本大震災の際には、多くの方が食料の不足や配給の不安を経験しました。

だからこそ、命を支える「食」を無駄にしないという姿勢もまた、震災から私たちが学んだ大切な教訓の一つではないかと感じます。

同時に、今回の出来事は、教育行政と市民、そして行政全体との間で、日頃から十分な対話と情報共有があったならば、また違った選択肢も見えたのではないかと考えさせられました。教育の政治的中立性は守られるべき大切な原則ですが、税金で支えられている公共サービスである以上、市民の目線や社会的な価値観と丁寧につながっていくこともまた重要だと思います。

医療の世界でも、出来事そのものを責めるよりも、そこから何を学び、次にどう生かすかを大切にします。今回の件が、学校、教育委員会、行政、そして市民の間の対話を深め、より良い形での行政運営につながっていくことを、一市民として心から期待しています。

2026年3月11日水曜日

東日本大震災から15年を迎えて

東日本大震災から、15年の歳月が経ちました。

あの日、いわきの街も大きな揺れと混乱に見舞われ、多くの方が不安の中で長い時間を過ごされました。
大切な人や日常を失われた方、今もなお様々な思いを抱えておられる方が地域にはおられます。
改めて、震災で亡くなられた方々に哀悼の意を表するとともに、ご遺族や被災されたすべての皆さまに心よりお見舞い申し上げます。

医療の現場もまた、当時は決して平常ではありませんでした。
それでも地域の医療機関、行政、介護・福祉関係者、そして地域の皆さまが互いに支え合いながら、少しずつ日常を取り戻してきました。

私たちかしま病院も、その一員として、地域の中でできることを一つずつ積み重ねてきました。

震災からの15年は、決して短い時間ではありません。
一方で、地域の暮らしや健康を守るという営みは、これからも続いていきます。

私たちはこれからも、
地域の皆さまが困ったときに頼っていただける「面倒見の良い病院」であり続けたいと考えています。
病気だけでなく、その人の暮らしや背景にも目を向けながら、地域をまるごと支える医療を実践してまいります。

震災を経験した地域だからこそ、
支え合う力と、人を思いやる気持ちの大切さを私たちは知っています。

これからも地域の皆さまとともに歩みながら、
安心して暮らせる地域づくりに、医療の立場から貢献してまいります。

そして何より、
この地域で暮らす一人ひとりの**「いつもの日常」が、これからも続いていくこと**。
その当たり前を支え続けることが、私たち医療に携わる者の役割だと考えています。

震災の記憶を胸に、

これからも地域とともに歩んでまいります。

あの日を忘れないこと、そして日常を守り続けること。
それが、震災を経験した地域の医療機関としての、私たちの責任だと思っています。

碁石が飛んだ日から ―東日本大震災から15年、家庭医として―

あの日から、15年が経った。


2011年3月11日

三春病院の医局で被災した。

テレビの上に置いてあった碁石が宙を舞い、

本棚が倒れかかってきた。

ただ事ではない、と思った。

テレビをつけると、

黒い津波が町をのみ込んでいた。

画面の向こうは、

私の家族がいるいわきだった。

電話はつながらない。

メールも届かない。

ただ、

津波の映像だけが流れ続けていた。

あの時間の長さを、

私は一生忘れないと思う。

どうにかして家に帰ると、家族は無事だった。

しかし次女は右上腕骨を骨折していた。

地震の2時間前、竹馬から落ちたのだという。

当時の私はブログにこう書いた。

「予知能力でもあるのか?」

あれから15年。

娘はもう大人になった。

あの骨折のことを、

今では笑いながら話し、

怪我や病気の人を看る立場になろうとしている。

それだけでも、

奇跡のようなことだと思う。

震災直後のいわきは、

地震、津波、原発事故、そして風評被害の中にあった。

ガソリンがない。

食糧がない。

医薬品が届かない。

それでも患者さんは来る。

低体温の人。

避難所で倒れた人。

不安で眠れない人。

そして、

原発20km圏内から避難してきた患者さん。

懸命に皮下注射を続けたが、

それでも救えなかった命があった。

医師として、

あの光景は今でも胸に残っている。

 

316日。

私は、

幼い子供たちを家族に託した。

原発事故の先行きは見えず、

子供たちは県外へ避難することになった。

私は、いわきに残った。

あの時のブログには、

「宇宙戦艦ヤマトのような気分で家族とハグした」と書いてある。

本当は、

そんな格好いいものではない。

ただ、

医者としてこの町を離れるわけにはいかなかった。

 

317日。

病棟に、

一枚の言葉が掲げられていた。

相田みつをの詩だった。

うばい合えば足らぬ

分け合えばあまる

食糧が尽きかけた病院で、

職員は泊まり込みで患者さんを支えた。

医師も、食事介助をした。

あの時、

私は心から思った。

この人たちと働けてよかった。

 

328日。

止めていた外来を再開した。

混雑する待合室で、

患者さんが笑いながら言った。

「先生、生きてたの〜?」

その一言に、

どれほど救われたことか。

あれから15年。

いわきの町は、

見た目には元に戻った。

しかし家庭医として地域を歩いていると、

震災はまだ終わっていないと感じる。

あの避難所で出会った患者さんが、

今も外来に来る。

家族を失った人。

生活を失った人。

健康を崩した人。

災害は、

終わらない。

 

2011年のブログの最後に、

私はこう書いている。

 

「この危機を、日本に家庭医療を定着させる好機にしたい」

 

正直に言えば、

その夢はまだ道半ばだ。

でも、

ひとつだけ胸を張れることがある。

私はあの日から今日まで、

同じ町で、同じ患者さんを診続けている。

家庭医とは、

災害の瞬間だけを診る医者ではない。

その後の人生を、ずっと診続ける医者だ。

震災は多くのものを奪った。

でも同時に、

人が人を支える力の強さも見せてくれた。

だから私は、

今日もここに居続けている。

 

あの日、

三春病院の医局で

テレビの上の碁石が飛んだ。

あれから15年。

碁石はもう飛ばない。

 

でも私は、

あの日からずっと、ここで飛び回り続けている。