2011年11月19日土曜日

果てしなく続く第9回FACE

Fukushima Advanced Course by Experts:FACE

集まってくる参加者の雰囲気は…
「キャー久しぶり~!!」的に熱心な学生と研修医の同窓会といった感じ。
初参戦の私はそのパワーに圧倒されそうである。
<内容>
「身体所見ワークショップシリーズ」
筑波大学附属病院水戸地域医療教育センター 総合診療科教授 徳田 安春 先生
基本的なことから掘り下げつつ、随所に痒いところに手が届く“診療上のコツ”がちりばめられていて、とても感銘を受けた。
「あっちゃんの考える診断学」
福島県立医科大学 地域・家庭医療学講座
石井 敦
活発な皆さんの奮闘により、無事3症例とも正診に辿り着き、美味しいお酒にありつけることになりました。
それなりの手応えも感じつつ、もっともっと盛り上げスキルを磨きたいと思ったセッションでした。
ともあれ、このような貴重な機会を与えてくださった皆様に感謝です。

夕食・温泉
生ビール旨っ!!!

「第18回 福島感染症勉強会」
みんな酔っ払いなのに真面目に討論している。
でも…やはり、本音かつ、建設的意見を引き出すには、リラックスは不可欠なのか…
こんな雰囲気なら、おいらでも朝まで生討論できる。
(明日以降、きっと今の内容を憶えてないので明日の診療には役立たないけど…)
しつこいようだが現在進行形で みんな泥酔しながら議論してる…
この状況は、少なくとも明日の午前3時までは続くらしい。

こんな感じ…好きよ♡!!!

磐越東線と磐越西線を乗り継いで楽しむ第9回FACE

20111119日、磐梯熱海で9FACEが開催された。
とはいえ、初参戦なのでどんな状況かも分からず恐る恐るの参加である。
諸事情により、会場へは公共交通機関で移動することに…
先ずは戦に備えていわき駅前の名店、ブレイクでブレイク!
磐越東線に乗るのは一体、何十年ぶりだろうか?
数年前にイベントで蒸気機関車「あぶくま号」に乗せてもらったことはあるが、通常の営業運転となるともう20年以上前になりそうだ。 
紅葉あざやかな夏井川渓谷を縫うように走る汽車(未だに電化されてない)「ゆうゆうあぶくまライン」が日々時間に追われている自分を癒してくれる。
東西に長~く、かつ浜通りと中通りと会津地方の文化が山で分断されている福島県を横断する事の大変さと長閑さを実感しながらのスローライフな旅。
郡山がこんなに都会に感じたのは初めてかもしれない。 
磐越東線と磐越西線(会津ライナー)との差をみせつけられながら、ようやく着いた磐梯熱海駅。 
午前中のお勤めは移動だけ…それでも腹は減るもので、磐梯熱海駅前で見つけた大多数の方が見た目で引いてしまいそうな「食堂紙屋」とやら(食堂なのになぜ紙屋なのかは恐ろしくて聞けなかった)に潜入。 
昔から、きたない店を見ると思わず入ってしまう…
いつもは家族の阻止にあうが、今日は単独犯!阻むものは何もない。
やはり、お客は私以外いなかった…(寂)
手打ちそばとあったが、一番おいしかったのはサービスで出してくださった煮大根!(苦笑)とろけるやわらかさだった。 
珍道中も終わり、ようやく会場の緑風苑に到着。
太田熱海病院の研修施設…なんと立派な!


2011年11月14日月曜日

「家族で叶えた宇宙への夢」 ~育メンと家庭医~

いわき市では、男女共同参画の推進を図るため、平成2341日に「いわき市男女共同参画推進条例」を施行し、11月の第2日曜日を「男女共同参画の日」と定め、つまり、1113()に第1回の関連事業が実施された。復興に向けての夢や希望を、「男女でつくる復興 ~夢・希望・絆~」というテーマに託し、総合保健福祉センターを会場に、次の事業が実施された。

   1030分~12時     民話や絵本の読み聞かせ
   13時    1330  開会・男女共同参画に関する川柳の表彰式
   1330分~1515  山崎大地さん講演会
   1515分~1540分  夢飛行機の作成
   1540分~         夢飛行機飛ばし(フィナーレ)
日本初の子をもつ宇宙飛行士(山崎直子さん)の夫、山崎大地さん講演会を通して、宇宙飛行士になることよりも、宇宙飛行士の夫になることの方が(実際上も確率的にも)はるかに難しいこと、子をもつ宇宙飛行士の夫になることは更にもっともっと困難であることを学んだ。新しい取り組みには、必ず困難が付きまとう。日本では新しい家庭医療を広めようと試みている立場として共感がもてた。
「前例がないから認められません」なんてもうコリゴリ!
ユーモアあふれる語り口の背景に潜む壮絶な体験と、それを乗り越えた家族の絆を知り、家族志向型ケアの重要性を再認識。危機を招くのも、危機を乗り越えるのも、家族がなせる業!家族の中で受け継がれる無償の愛のリレーが、次世代の社会をかたち創っていくのだろう。

もっともっと育メンにならねば…



今や「育メン」という言葉が不要になるほど「育メン=普通の男子」になりつつあるように、「家庭医=その辺にあたり前にいる普通の町医者」になる日を夢見て…

2011年11月13日日曜日

国際会議「ふくしま会議2011」 いのち:こどもの今、そして未来

国際会議「ふくしま会議2011
<ふくしま会議HPより>
福島の声を届けることも聴くことも、日本にとって、世界にとって、すべての人々にとって、未知の課題と向き合う力になります。
様々な意見を集約し、それぞれの人がそれぞれの答えを持ち帰る。
「ふくしま会議2011」は、福島の人々が、いま聞きたい話を聞き、いま語りたいことを語る場所です。
日本や世界から有識者たちを招き、福島県のこれまでとこれからを語る場所です。
内外の英知を福島に結集することで、放射能の不安や、故郷の再生に立ち向かう市民の疑問に応え、ときには車座になって直接語り合う。
明日への希望を見い出し、一つ一つのアイディアを実行に移していくこと、 そして、福島の声を世界に届けていくことを目的として、このたび福島の地で開催します。

福島で生きる。世界と生きる。
草の根から湧きあがる会議をしよう。届け世界に

私たちは信じています。
多様な出会いが声を生み、声が広がり、行動が生まれる。



今日は「ふくしま会議」3日目(最終日)

2日目の昨日、分科会 「いのち:こどもの今、そして未来」に参加した。
未曾有の原発事故により福島の人々は放射能汚染と向き合わざるをえない状況に追い込まれ、根底から一変した暮らし。
8
ヶ月たった今、前向きに生きようとする多くの福島の声が生まれている。
それらの声は、ときに小さく、ときに一部の人たちの間でしか共有されていない。
人々のいのちと暮らしを守るために、これらの声が集まり交流する場、そしてその様子を県内外、世界の多くの人々に届ける場が求められている。

ベラルーシ共和国 ゴメリ州 ベトカ地区(チェルノブイリから150㎞のホットスポット)病院長 ジミナ・ナジェージダ先生から、将来の発がんの不安によるストレス、避難生活そのもののストレスへの対応の重要性が伝えられた。一旦は非汚染地域に移住した人々も、種々のストレスに耐えられず、その多くは故郷に戻ってきているという。チェルノブイリ原発事故から25年経過し、ストレスを最小限に抑えることが、結果的に事故による健康被害を最小にすることができることを実感されている様子だった。ストレスを減らす具体策として、徹底した食糧の安全管理、ショートステイ的保養(避難ではなくて保養と称していた)の有用性が示された。ベトカ地区では年2回×2ヶ月の保養を政府が援助しているという。

今、私の目の前には、「避難する?」「避難しない?」という葛藤に苦しみ、深刻なストレス下にいる人たちが大勢いる。
我が家も含め、程度はまちまちながら、避難を選択した人も、避難しない選択をした人も、いずれも相当のストレスを感じている。
本当はどのレベルから避難すべきなのか?保養が必要なのか?
サイエンスを扱う医師として、そういった人たちに明確な根拠をもって伝えられる結論を、未だ持っていなかった自分に、無力感と後ろめたさをもっていた。

しかし、ためらいつつ放射線のリスクと対峙することは至極当然の反応であり、少なくとも今は、画一的な回答が必ずしも住民の安心に直結しないことを実感した。
現時点ではまだ「分からない」ことが多過ぎるし、答えはまだ「ない」し、画一的な答えを「決めてはいけない」と感じた。
これまで、「心配ない」旨の根拠を探し、安心を伝えようとすればするほど、意に反し、相手の心が遠ざかっていく感覚をおぼえていた。

これからは、どんな小さな不安も、先ずは真っ向から受け止めていきたい。
(考えてみればこれは“患者中心の医療の方法”の基本中の基本なのだが…)
そんな今すぐにできる小さなことを、ずっとずっと続けていく覚悟と決意を、
セッションを終え、いわきに持ち帰った。

最後に、印象深かったフロアの意見(福島市在住)をサマライズしておく。
「ふくしま」の多くの人たちはこの8ヶ月間、悩み傷つきながらも、氾濫する情報の中から有用なものを選別し、どんな状況下でも不要なパニックを起こさない強さと、ここで生き抜く知恵を身につけてきた。パニックを恐れて情報を操作する必要はないし、もしもそういった行為がおこなわれるとすれば、それは「人権侵害」と「侮辱」以外のなにものでもない。

このセッションの模様は、1123日のNHKアーカイブスで紹介される。

シリーズ原子力③ チェルノブイリの教訓
総合テレビ/1123日(水・祝)午前1005113489分)
ふくしま会議が開かれる福島大学にて、現地収録。

2011年11月8日火曜日

ためらいつつ放射線のリスクと対峙するということ

放射線のリスクにどう対応するべきなのか?

一人の医師として、いや、家族を持つ一人の人間としても、ためらうばかりで未だ何の結論も出せていない、役立たずの自分の無力さを嘆いたりしていた。

この本を手にするまでは・・・
サマー・フォーラムにお招きした、岩田健太郎先生の新著書


知性によっては正否の決断が下せないときに、なお決断を下しうる知性とはどのようなものか?
──帯文・内田樹 氏──

この本は、ためらい続ける自分が、案外“まとも”かも知れないことを教えてくれる。
上の図のように、そもそも放射線のリスク(確率的影響)はゼロになり得ない性質をもっている。(ということになっている)

実は、日頃意識していなくても、
乗り物に乗ること、
乗り物が突っ込んでくるかもしれない街を歩くこと、
食べること、
息を吸うこと、
生き続けることで老いていくこと、
生きていくためにしているあらゆる行為は、それ自体、死んでしまうかもしれないというリスクを常に抱えている。

中には、個人の努力で相当のリスクを回避できるものから、個人の努力にかかわらず、こうむってしまうリスクまで様々だ。

航空機が墜落するリスクを許容できないのであれば、その利便性の恩恵を受けない代わりに、航空機に搭乗しなければ良いのだが、この世に航空機が存在する限り、頭上から航空機が落ちてくるリスクは回避できない。

同様に、原発事故のリスクを許容できないので、原発で発電した電力の使用を拒否したところで、この世に原発が存在する限り(実は原発がなくとも)、放射能汚染のリスクを回避することはできない。

たとえば、「航空機のような危険なものは存在してはいけない」という主張は、あまり聞かれないのに、「原発のような危険なものは存在してはいけない」という主張は活発に行われている。

この一見本質的には違わないと思われる2者間の違いとは何なのか?

それは危険の程度の違いなのではないか?
言い換えると、実際に自分に被害が及ぶ確率を、個々が直感的に見積もった結果、多くの人が後者の方が明らかに確率が高いと判断しているということだろう。
つまり、「多分大丈夫だろう」と思えることは、無意識のうちに許容している。

実際に原発事故が起こる前は、「原発のような危険なものは存在してはいけない」と考える人は、今よりずっと少なかっただろう。
しかし今や、多くの人にとって原発は、「多分大丈夫だろう」と思えるものではなくなっているということである。
事実私も、原発事故以降、「原発のような危険なものは存在してはいけない」と思うようになった1人である。

しかし、そもそも誰もが、この世に生まれてきた以上、この世からお別れする日が必ずおとずれる。
複雑に絡み合った数え切れないほどのリスクを積み重ねながら、みな死に向かって生きている。
自分の選んだ道は正しいのか?
悩み、ためらいながら…

もしもすべてのリスクを回避したいのであれば、何もしてはいけない。(生きることも死ぬことも…むしろ生まれてはいけない) というヘンテコなことになる。

にもかかわらず、一律に(被曝量は)「〇〇までなら大丈夫!」や「△△を超えると危険!」などといった議論をしているのだから、いくら専門家が集まって朝まで討論したところで、結論がでるはずもない。
放射線のリスクを高く見積もる専門家も、低く見積もる専門家も、安全と危険のボーダーラインをどこかに引こうとしているという点では、本質的に同じ作業をしているように見える。

しかし、そのボーダーラインは、個々が個別に抱える多くの事情を考慮し、ためらいながら引くべきものであって、誰かが他者に強制的に押し付けることが出来るほど絶対的に正しい答えなど存在し得ないと思う。

事実、我が家でも、“ためらいながら”いわきに住み続けるリスクを許容している。
つまり、「多分大丈夫だろう」という判断をしているわけである。

私たちは、それぞれがさまざまな条件下で日々を営んでいる。
みな価値観や人生観が異なるのにもかかわらず、その個別性を配慮せず、他の誰かが一律に出した結論に真理などあるはずがない。
「患者中心の医療③」疾患と病気の両方の経験を探るで述べたように、放射線による有害作用について、確率的影響を論じている以上、たとえ同じ環境下で過ごしていても、その体験は、一人ひとり「解釈」「期待」「感情」「影響」が異なっていて当然である。

まして、放射線の有害作用という 信頼性の高いデータが乏しい領域の命題であればなおのこと、
根拠が曖昧なまま発表せざるを得ない大雑把な暫定基準値(単なる目安)を、「守っていれば大丈夫」と過信することも、「こんな基準じゃ安心できない」と非難することも、大雑把な暫定基準値を決めるだけ決めて放射線被曝への不安を理解することもせずに「基準値をクリアしていれば安全です」と安心を強要することも、建設的な行動とは思えない。

大切なのは、誰もが、「ここまでなら多分大丈夫だろう」と個別に判断できて、その目標をクリアするための行動ができて、結果として安心に過ごせる環境を整えることだと思う。

例えば、「基準値をクリアしていて安全なのに売れないのは風評被害である」と嘆いたところで、基準値そのものへの信用が揺らいでいる現状のままでは、「基準値クリア=安全」として扱うことには相当の無理が生じる。

こういった徹底した情報開示への取り組みは、個々が安心して消費するための判断材料を提供するという意味で非常に重要なことであり、今後の活動の更なる充実を応援したい。

2011年11月6日日曜日

劇団か? ~郷ヶ丘小学校学習発表会~

昨日、お世話になっている郷ヶ丘小学校の学習発表会が行われた。
震災の影響で著しく制限された学習環境の中、子どもたちはきちんと成長しているだろうか?
良くも悪くも郷ヶ丘小学校の今を感じ取るべく、すべてのプログラムを興味深く拝見した。

うちの子らは当然かわいかったが、親バカはさておき、とにかく凄かった!
6年生の劇に関しては、もはやすでに素人の域を脱してしまっていた。

全体を通して強く感じたことは、

子どもたちはみな、支えてくれるすべての人びとへの感謝の気持ちを胸に、必死に力強く生きている・・・

苦難の年、しかし諦めることなく根気強く御指導してくださっている先生方、辛い環境の中でも逞しく育っている子どもたちのことを思うと、溢れる涙を堪えることはできなかった。

素敵な校歌の詞のとおり
「このおかのうえ このがっこうは、みんなのちからでそだってく」
ことを確信するとともに、親としても、子どもに負けないように頑張る勇気をもらった気がした。
郷ヶ丘小学校の今は「みらいにむかってとんでいる」
その旅路を全力で支え見守っていきたい。


郷ヶ丘小学校校歌

作詞:谷川俊太郎
作曲:湯浅譲二

1 かんがえるのっておもしろい
  どこかとおくへいくみたい
  しらないけしきがみえてきて
  そらのあおさがふかくなる
  このおかのうえこのきょうしつは
  みらいにむかってとんでいる

2 なかよくするってふしぎだね
  けんかするのもいいみたい
  しらないきもちがかくれてて
  まえよりもっとすきになる
  このおかのうえこのがっこうは
  みんなのちからでそだってく

JASRAC No.:E0802221857


刺激をうけた、うちの子といとこらが、巧みな能力を披露してくれた。
おじさんも力強く生きて行こう!
こんな日は、こいつが呑みたくなる。

2011年11月4日金曜日

ゆる体操 in 仮設住宅

仮設住宅の集会所では、様々な出会いがある。
顔なじみになるにつれて、さまざまな身体症状を相談してもらえるようになった。
その多くの方々が、長期的かつ変化に富んだ健康リスクにさらされていることを実感する。
その状況に対応するため、単発的またはその場限りの支援にならないよう配慮する時に、やはり“ゆる体操”は強力な武器である。
“ゆる体操”は、植えた種が実を結ぶというか、自ら継続的な健康を獲得していく、つまり自立を促すという意味でとても良いと思う。

薬も注射も持たず手ぶらで挑む訪問。
なんの道具も要らない“ゆる体操”は本当に役に立つ。

今日は、日頃 真面目に“ゆる体操”を実践してくださっている方から、「楽に立ち上がれるようになった」という具体的な成果の報告をいただき とても嬉しかった。

誰でも簡単に実践でき、長期的な効果も期待できる“ゆる体操”をもっともっと普及させて、自分も含む多くの方々の「健康」「機能改善」「美と若さ」につなげたい。