日本では、プライマリ・ケアを専門に担う医師の名称が定まっていなかった。
しかし、名称よりも大事な本質。
これを蔑ろにして名称だけあてがっても何の意味もない。
プライマリ・ケアを専門に担う医師は、質の高いプライマリ・ケアを提供する能力を有する医師であるべきだ。
これは当たり前すぎることで、何の異論もないだろう。
では、そのプライマリ・ケアとは何なのか?
ヘルスケア・システムにおけるプライマリ・ケアの役割とそれを担う医師の専門性は、世界保健機関のThe World Health Report 2008 『Primary Health Care: Now More Than Ever』などに明記され、世界的に認識されいる。
そこに出てくるプライマリ・ケアを日本語で解釈すると以下のようになるだろう。
日常よく遭遇する病気や健康問題の大部分を
患者中心に解決するだけでなく
医療・介護の適正利用や
予防、健康維持・増進においても
利用者との継続的なパートナーシップを築きながら
地域内外の各種サービスと連携する
調整のハブ機能を持ち
家族と地域の実情と効率性(優れた費用対効果)を考慮して
提供されるサービス
[葛西龍樹. 2012]
どうだろう。
これだけのことをちゃんとこなしている医師はこれまでの日本にいただろうか?
でも、もしいたら今の日本各地で噴出している医療崩壊という社会問題は解決しそうである。
そして、これはまさに、これまで私たちが「家庭医療」と呼んできたものの本質であるし、日本国民の誰もが、こういったケアを受けられる社会を実現することが、この時代の日本、しかも福島、しかもいわきで地域医療に携わっている人間の使命であるし、ライフワークにしたいと思っている。
「こんな医師はいるわけがない、絵に描いた餅だ!」
と思われる方もおられるだろう。
しかし、世界的に見れば、プライマリ・ケアを専門に担う医師をちゃんと育ててこなかったチャレンジャーな先進国は日本だけ!
世界の多くの国は、プライマリ・ケア専用モビルスーツをちゃんと開発して既に活用している。
先進国に限定しなくても、プライマリ・ケア専用モビルスーツを真面目に開発してこなかった日本の仲間はもはや、ジンバブエ・ベトナム・ネパール・スリランカ・ブラジルぐらいだそうだ。
そう!
日本では、プライマリ・ケアを専門に担う医師の名称が決まっていなかったというよりも、プライマリ・ケアを専門に担う医師自体がいなかったのだから、名称が決まってなかったのは至極当然のことなのだ。
プライマリ・ケアを専門に担う医師の名称は世界各国で異なっている。
英国はじめオランダ、オーストラリアなどでは、「general practitioner(総合医)」
カナダ、米国、香港、シンガポールなどでは、「family physician(家庭医)」
これらをどう日本語訳するかで、もめてもめて決まっていなかったわけだ。
それは何ら本質的な問題ではない。
そんな中、厚生労働省の「専門医の在り方に関する検討会」(座長:高久文麿・日本医学会会長)の第14回会議が平成24年12月26日開催され、19番目の基本領域の専門医として位置付ける総合的な診療能力を持つ医師を、「総合診療医」とし、その専門医を「総合診療専門医」と呼ぶ方針でほぼ意見が一致した。
そんなわけで、これまで私たちは「家庭医」といってきた医師を、日本では今後「総合診療医」と呼ぶようになりそうだが、その言葉の意味が、
日常よく遭遇する病気や健康問題の大部分を
患者中心に解決するだけでなく
医療・介護の適正利用や
予防、健康維持・増進においても
利用者との継続的なパートナーシップを築きながら
地域内外の各種サービスと連携する
調整のハブ機能を持ち
家族と地域の実情と効率性(優れた費用対効果)を考慮して
提供されるサービスを提供する医師
として、国民誰もが正しく認識し、提供もされる日を一日も早く実現したい。
こんな話題に触れていると、思い出すフレーズがある。
「家庭医療(改:総合診療)は、良い診療をするのが最も難しい専門科だが、いい加減にするのは最も簡単な専門科だ」
[Haslam(2001)BMJ Career Focusより改変]
好きな言葉でもあり、身を引き締める言葉でもある。
総合診療科が、最も難しい専門科として発展していくことを願ってやまない。
こんにちは。
返信削除私は、総合診療に携わることを目指している、プレ研修医です。
救急もやりたいし、とにかく病態から考えていける医師になりたいです。
今後の発展を望み、また同時に発展させていく力にもなりたいです。
コメントありがとうございます。
削除とても心強いです。
御活躍を期待しています。