春休み状態で閑散とした医大。
しかも、成績評価とは無関係の講義に、朝から集まってくれた医学部4年の学生さん達に感謝の気持ちを伝えたい。
最後の授業のアメル先生になれたかどうかは分からないけれど、実症例の診療を模擬体験してもらいながら、いくつかのワーク、ロールプレイを通して、家庭医として生きてゆくことのやりがいや醍醐味を紹介した。
参加してくれた学生さんが、将来医師として生涯誇りをもって生きていけるような選択をして欲しい。
その選択の一つに家庭医があるということが伝わったならうれしい。
講義室の外では、医大の合格発表がされている。
しかし、ネット社会・・・
直接結果を医大まで確認しにくる受験生はほとんどなく、ていうかほぼ報道陣だけであった。
本講義も参加を希望しながらスケジュールが合わなかった学生がいると聞いていたので、共有できる内容は公開することにする。
「患者さんが教えてくれた 家庭医(総合診療医)の役割」
診断医としての家庭医
n 診断
q あらゆる健康問題が持ち込まれる家庭医外来
q 質の高いケアを提供するために重要なスキル
q 限られた検査手段で診断を絞っていく
q 考える診断 → 効率的ケア
q 家庭医に求められる多彩な役割のうちのほんの一部
診断手法① Semantic Qualifier
n 直訳:「意味のある限定詞」
n 臨床推論手法の一つ. 患者に関する情報を普遍的な医学用語に 置き換えたもの 1)
n 疾患の想起, 文献検索, 鑑別診断の絞り込みを容易にすることが期待でき, 医学教育分野の研究において, SQを多用することが正確な診断に寄与することが示されている 2)
1) Nendaz MR, Bordage G. Promoting diagnosic problem representation. Medical Education. 2002, vol.36, p.760-766.
2) Chang et al. The Importance of Early Problem Representation during Case Presentations. Acad Med. 1998, vol.73 issue10, p.109-111.
Semantic Qualifier 抽出トレーニング
n 73歳男性 今朝からの突然の胃の痛みで受診
→ SQ:高齢男性・急性・突然発症・心窩部痛
胆石発作 胃アニサキス症 急性心筋梗塞(下壁)など
n 23歳女性 1ヶ月前からの空腹時の胃の痛みを訴えて受診 症状は食後に軽快するとのこと
→ SQ:若年女性・慢性・空腹時・心窩部痛
十二指腸潰瘍 など
n 83歳男性 昨夜から右膝の発赤・腫脹・熱感をともなう痛みと倦怠感と歩行困難を訴えて受診 転倒など外傷の病歴はない
→ SQ:高齢男性・急性・外傷なし・単関節炎
注:倦怠感・歩行困難は鑑別を絞れないのでSQとしてはNG!
偽痛風 痛風 化膿性関節炎 など
n 40歳女性 3ヶ月前からの両手指・両足趾の発赤・腫脹・熱感をともなう痛みを
訴えて受診
→ SQ:中年女性・慢性・末梢優位・多関節炎
関節リウマチ など
診断手法② 網羅的鑑別診断列挙法“VINDICATE!!! + P"
n Vascular (血管系)
n Infection (感染症)
n Neoplasm (良性・悪性新生物)
n Degenerative (変性疾患)
n Intoxication (薬物・毒物中毒)
n Congenital (先天性)
n Auto-immune (自己免疫・膠原病)
n Trauma (外傷)
n Endocrinopathy (内分泌系)
n !atrogenic (医原性)!diopathic (特発性)!nheritance (遺伝性)
n Psychogenic (精神・心因性)
解剖学的・臓器別な鑑別に加えて病態別の鑑別をもらさず挙げる方法
R. Douglas Collins; Differential Diagnosis in Primary Care; Lippincott Williams & Wilkins; Fifth(2011) 等より改変
診断手法③ 鑑別疾患の2軸
① 頻度:もっとも有力な(可能性の高い)疾患は?
② 重大性 (初診においては特に重要):見逃してはいけない疾患は?
診断手法④ EBM
腰痛における red flags (癌に対する red flags )
|
感度%
|
特異度%
|
50歳以上
|
77
|
71
|
癌の既往
|
31
|
98
|
意図しない体重減少
|
15
|
94
|
夜間の安静時痛
|
>90
|
46
|
治療に抵抗(>1ヶ月)
|
31
|
90
|
感度が高い項目を満たさない → 「がん」じゃなさそう
特異度が高い項目を満たす → かなり「がん」らしい
Jarvik JG,et al. Diagnostic evaluation of low back pain with emphasis on imaging. Ann Intern Med 137:586-597,2002
高齢者医療の実際
高齢者の実地診療においては
ハイリスク and/or 苦痛が強い 検査・治療を患者・家族が希望しない場合も多い
→ 限られた情報での診断および治療方針決定が求められることがある
まとめ ①
n あらゆる健康問題が持ち込まれる家庭医外来において診断能力は質の高いケアを
提供するために重要なスキル
n 適切な診断をすることは、あくまでも家庭医の役目の一部でしかない
n 不要な苦痛・リスクを回避したり、医療経済を考慮した効率のよい検査の選択が
重要
n 治りにくい疾患の診断に至っても家庭医による ケア・マネジメントは続いて
いく・・・
Narrative Based Medicine:NBM とは?
Narrative:言葉、対話、物語
Narrative Based Medicine:
患者の言葉に耳を傾け、病いという試練を可能な限り理解し、患者の語る病いのNarrative(物語)の意味づけを尊重し、目にしたことに心を動かされて患者のために行う医療
Rita Charon, 訳 斎藤清二, 岸本寛史, 山本和利, ナラティブ・メディスン, 医学書院, 2011, 378p.
病気の経験を探る
n 解釈 ideas 心身に起こった変化についての患者の解釈
患者にとっての「病気の意味」
n 期待 expectations 患者がその解釈したものについて何を期待しているのか
ケアの具体的な要求、病気の経過への期待や不安
n 感情 feelings どんな気持ちでいるのか 何をどんなふうに恐れているのか
n 影響 functions 日常生活、家族、仕事、人生の質や機能へ与える影響
病気の経験を探る(質問例)
n 解釈 ideas 「何が起こったのだと思いますか」「なぜ、そう思ったのですか」
n 期待 expectations 「どんなことを期待しますか」「どうしてほしいですか」
「それには何か理由がありますか」
n 感情 feelings 「どんな気持ちですか」「どんなふうに心配ですか」
n 影響 functions 「どんな気持ちですか」「なにが起きるでしょう」
葛西龍樹編著. スタンダード家庭医療マニュアル-理論から実践まで-, 永井書店,2005年より改変
診断・治療方針を検討する上で重要なこと
n 診断
q 診断確定の意義は?
そもそも、診断が患者の予後・QOLを改善するのか?
q 診断確定で得られるメリット、デメリットの整理
q 患者・家族の考え、周囲の状況
n 治療
q 治療で得られるメリット、デメリットの整理
医学的意義(予後改善)だけでなく、治療による社会的・経済的損失も考慮
q 患者・家族の考え、周囲の状況
家庭医を特徴づける能力
n 患者中心・家族志向の医療を提供する能力
n 包括的で継続的、かつ効率的な医療を提供する能力
n 地域・コミュニティーをケアする能力
一般社団法人日本プライマリ・ケア連合学会専門医・認定医認定制度要綱 2010年4月1日制定 2012年10月28日改定
まとめ ②
n 家庭医の役割は、診断だけでは完結しない
n 実際の診療の現場では、単にエビデンスに基づく医学的に正しいと思われる(推奨される)診断・治療手法を用いればよいとは限らない
n 「医学的に最善」 ≠ 「患者・家族にとって最適」
n EBMとNBMをバランスよく駆使して、患者中心の医療の方法を実践していく
必要がある
n 家庭医療は 家庭医を特徴づける能力を駆使した複雑なマネジメントが求められる職人芸である
n 家庭医は 一生涯 修業が必要なプライマリ・ケアの専門家!