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2019年9月29日日曜日

喜多方で どっぷり家族に浸かる ~第148回 家庭医療レジデント・フォーラム~

本日の家庭医療レジデント・フォーラムは、蔵のまち喜多方での開催。
テーマは家族志向ケアでした。


夫婦のありかた、親の役割、アルコール依存、虐待、家族構成員それぞれの役割、セクシャルマイノリティーを受容し支援する家族…。
困難事例のオンパレードで もう満腹です。


満腹と言えば本日のランチは喜多方ラーメン ツアー!
市内120程あるという数ある名店の中から、主催者が厳選した会場近隣の3店舗に、参加者が3チームに分かれて昼ラーしてくるという新しい企画。
食堂や酒蔵、農業など、家族のつながりが強い家業が多い地域で、ラーメン店も家族経営感満載ですし、日曜ということもあり訪れる客も家族連れも多く、家族について深く考え振り返る絶好のシチュエーションでした。
勿論、美味しゅうございました。他の2チームも同様のようでした。


2018年1月31日水曜日

多職種連携で難攻不落を攻略せよ! ~地域リハビリテーション研修会~



皆さんは、地域リハビリテーションという概念をご存知でしょうか?地域リハビリテーションとは、障害のある子供や成人・高齢者とその家族が、住み慣れたところで、一生安全に、その人らしくいきいきとした生活ができるよう、保健 ・医療・福祉・介護及び地域住民を含め生活にかかわるあらゆる人々や機関・組織がリハビリテーションの立場から協力し合って行なう活動のすべてを指します。地域リハビリテーションをサポートするため、各地域に支援体制がしかれていて、かしま病院は浜通り唯一のリハビリテーション広域支援センターに指定されています。実は、これまでセンター長を兼任されていた渡辺修病院長から引き継ぎ、昨年から私がセンター長を拝命いたしました。
障害の人とその家族が、住み慣れた場所で、その人らしくいきいきとした生活ができるよう支援するために、地域リハビリテーション広域支援センター長として自分に何ができるのか?自問した結果、「保健 ・医療・福祉・介護及び地域住民を含め生活にかかわるあらゆる人々や機関・組織がリハビリテーションの立場から協力し合って行なう活動」という地域リハビリテーションの概念そのものが疑似体験できる研修会を企画しました。
2018130日、「家族志向の地域リハビリ―テーション」と題して、市内の医療・福祉の現場の最前線で専門職として活躍されている皆さんを対象に、多職種ワークショップを開催しました。課題山積で難攻不落な実例をモデルとしたケースを教材に、家族へのアプローチを突破口にして、各専門職の英知を集結し、難攻不落の攻略…つまり最良のケアの提供を試みていただきました。
結果、いわきの医療・福祉の現場の最前線で専門職として活躍されている皆さんの底力は凄まじく、「難攻不落」と銘打ったことが恥ずかしくなるほど、参加者の皆さんの問題解決能力の高さを見せつけられることとなりました。その中で再認識できた最も重要な示唆は「家族はケアのパートナーであり、ケアの対象でもある」ということでした。ケアに困難を感じ、どこから手を付けたらいいか迷った時は、先ず患者さん・ご家族に興味を持ち、語り合い、それぞれの想いに耳を傾けてみようと思います。

2015年2月15日日曜日

再び進化を始めた伝統のしなやかな身体 ~郷ケ丘幼稚園保育発表会~

まだ幼かった長女が入園したあの日から、次女・末っ子の長男もお世話になり12年が経った。
今年は末っ子が年長児。
親としても最後の保育発表会!

郷ケ丘幼稚園は、食う 寝る 遊ぶ をモットーに現代の子供達に大きく欠けている逞しさを日々育んでくださっている。毎日のようにリズム遊びを行い、しなやかで引き締まったいい体をつくっていく
勉強などはしない(させない)
幼稚園では、まずは肉体の基礎、情緒の基礎、人間関係の基礎をつくり上げる。
そうすれば、後に勉強するべき時が来たとき、自ずと頑張り抜く力がついている。
勉強・スポーツ・芸術などなど全てに通じる幼児期の遊び、体づくり。

今日は、その成果を保護者に発表するとともに、親たちも日頃子供たちを育んでいるリズム体操体験!

子供が本気で遊ぶことに付き合うには、大人も生半可な気持ちでは太刀打ちできない。
先生方も父兄も一丸となって、大人の全力を見せつける。
見せつけたい…
身体がついていかない…(悲)

一方、泥まみれの外遊びができなかった震災後に一時落ち込んでいた子供たちの身体能力は、明らかに復活してきているのを感じた。
大人を驚愕させるパフォーマンスをみせる子供も増えたし、出来ない子も減ってきている。
震災の影響とか、そういう問題を超越して、保育技法そのものが進化しているし、日々それを実践してくださる先生方のご努力に敬意と謝意!

で、なんでそんな素敵な保育発表会の写真が無いのかというと、記録より記憶ということで、我が子の頑張りを生で目にしかと焼き付けたのであった。

そんな園の熱意や子供たちの頑張りに、お父ちゃん達も立ち上がった。
もともと郷ケ丘幼稚園のシンボルだった、木と戯れつつ強い身体を育むことができるツリーハウス
除染目的に一旦全面解体・撤去となっていたが、お父ちゃん会有志の手作りで復活

息子の卒園後も、多くのいわきっ子をたくましく育み続けて欲しい場所


2014年7月16日水曜日

「終末期 とある家族の物語」~家族志向のプライマリ・ケアとともに考える~

先日の第94回いわき緩和医療研究会で、当講座の家庭医療後期研修医(かしま病院 総合診療科 渡邉聡子医師)が「終末期 とある家族の物語」~家族志向のプライマリ・ケアとともに考える~ と題して講演させていただいた。


患者さんが死に直面する時、つまり悪い知らせを伝える必要に迫られる時、患者さんやご家族とのコミュニケーションは難しくなる。そして、患者さんが「否認」や「怒り」の感情を表出した時、家族は勿論のこと、ケアにたずさわる医療スタッフの心をも激しく揺さぶる。こういった困難を克服するための方法論として、各種学会や研究会で様々なコミュニケーション技法が提案され、医療の現場で試行されているが、たとえ同じ終末期の患者さんであっても、その状況への受け止め方、悩みや苦しみ、病気の体験は千差万別で、患者さんの数だけ違った物語が存在し、更に共通の患者さんの家族であっても、その家族の数だけ別々の物語が創られていく。だから、既存のコミュニケーション技法や画一されたマニュアルを用いるだけで全てが上手くいくということはまず有り得ない。
今回の発表では、患者さんが治療不能な状況への怒りを表出されたことで、患者さんとそのご家族がそれぞれの立場で展開されていた個々の物語を深く探るきっかけになり、その中で本人もご家族らも互いに互いを気遣いながらも、絡み合って身動きがとれなくなってしまっていた事実を知り、患者さんとご家族らを結ぶそれら一本一本の糸を手繰り寄せ、ゆっくりと解いていくことで、患者さんへのケアの質を向上させるだけでなく、疎遠だった家族関係の修復という予期せぬ化学反応が生まれたという貴重な経験を参加者の皆さんと共有した。
演者の聡子先生は、スーツの腕をまくり終始熱血戦闘態勢で、力強くも丁寧な語り口で、患者さんとご家族が危機を乗り越えていくために、いかに家族志向のケアが有用で重要であるかを主張してくれた。歴史ある会で貴重な発表の機会を与えていただき、演者本人は勿論、私にとっても終末期のコミュニケーションの難しさと留意点、やりがいを再認識する深い学びの機会となった。



頑張ったらご褒美がお約束!

打ち上げではマグロの中落ちを自分でカリカリこそぎ取る幸せに包まれていた。

時を同じくして この会の当日に目出度くご入籍された別の後期研修医は、日帰りハワイ旅行を強行し、丁寧にお土産まで届けてくれた。


2014年6月22日日曜日

新しい風 ~家庭医療セミナーinいわき 実践家庭医塾~

震災から一定の時を経て、震災がもたらしたものが何なのかが浮き彫りになってきた。
殊に、医療に関して言えば、避難生活の長期継続を余儀なくされた新しいコミュニティーの形成、高齢者比率の上昇にともない、必要とされる医療の質と量が変化している。
単純に考えれば、医療を必要とする患者の実数、つまり医療需要は増加している。
一方で、医療の供給は?というと… この地はまるで陸の孤島… ほとんど援軍のない長期籠城ののようなもので、疲れ果てた兵士が「いつまで続くのか?」という想いを抱えながら皆歯を食いしばっている感じだろうか?

いまのいわきの状況を「悲惨」とか「崩壊」とかネガティブな言葉で表現をすることは容易だが、このような状況は、遅かれ早かれいずれ日本全国や世界各国で起きることが予測されているので、あえてポジティブな言葉で表現するならば、ここは紛れもなく「最先端」であり「先進地」なのである。

私たちは、多くのものを失ったが、失わなければ得られなかったであろう多くのものも手に入れつつある。

そんなことを実感できるようなエピソードがあった。

病院嫌いなどの理由から医療機関を受診することなく、けれど実は危機的な状況で自宅に潜伏している患者さんがいるとして、たとえ、地域包括支援センターの職員さんがその事実を認識していても、患者さん本人が積極的治療を希望しなかったりすると、包括の職員の方も手をこまねいてしまうものだ。
結果として、本人が拒否できなくなるほど重篤な状態になってはじめて、救急要請・救急搬送という事態を招いたりする。

しかし、ここは世界の先進地だけあって、すでに徐々に変わってきているようだ。
患者が希望しないから放置もしくは見守るだけ、ではなく早目に医師も巻き込んだ多職種が連携して対策を練っておけるように、包括の方が「こんな患者さんが病院にかかりたがらず自宅にひきこもっているんですけど…」と相談してくれたのだ。
私たちは、常日頃 患者さんやご家族が「医者にこんなこときいてもいいのかな?」と遠慮しないで済むように、「何でも相談していい」というメッセージをおくるようにしているが、それと同様に、ケアのスタッフにも、「困ったら、というよりなるべくひどく困る前に何でも早目に相談してほしい」というメッセージを地道におくり続けてきた。
そのことが一つの形になった瞬間であった。

「こんな良い機会はない」
当然、いわきで地域医療を学んでいる研修医君たちに出動するように指令を下したが、特に都心の大学病院からいわきに到着したばかりの研修初日の初期研修医にとっては、かなり混沌とした状況を目の当たりにして、衝撃体験であったし、途方にも暮れたようである。
しかし、そこからの彼らの学びが素晴らしかった。
患者中心の医療の方法や高齢者総合評価などを駆使しながら、医師が病院から地域に出ていく意義、患者さんや家族の物語:病気の体験だけでなくどう健康でありたいかという想い、多職種とのかかわりの中で困難な状況を打開するために知恵を出し合うという体験…



先日の実践家庭医塾では、これらの数えきれない学びの体験をまとめて発表してくれた。
発表と議論を通し、多くの先輩医師からのアドバイスももらえて、更に学びを深めたようである。
そして、ここでしかできない診療体験をしてくれた若者たちには、ここにしかない類のお店でのおもてなし!こうして夜が更けてゆくのであった。

「なんとかしたい!」福祉と医療と地域をまたにかけたチームプレー、若者の訪問と彼らの学び…

いま、私たちの周りでは新しい風が吹いている。


2014年2月13日木曜日

「今、取り組む・見直す・在宅医療」 ~顔の見える多職種連携~

今夜は、「今、取り組む・見直す・在宅医療」と題して、平成25年度 いわき市医師会「主治医意見書説明会」医師と多職種の連携のつどい が行われた。
今回は、「栄養管理」と「看取り」に焦点を当て、在宅医療の現場でご活躍されている医師・訪問看護師・管理栄養士・ケアマネージャ・市の行政の方々のご経験を踏まえて、現状での課題も含めて活発な議論がなされた。


在宅医療の現場でも使いやすい簡易栄養アセスメントツール Mini Nutritional Assessment-Short Form : MNA などの活用により、一見元気そうな高齢者に早期に栄養介入し、健康年齢を伸ばすことが出来たらいいと思う。栄養介入は極めて重要ながら、十分な知識を持ったスタッフが、特に我々医師において不足していると思う。回避可能な低栄養が予防できる体制づくりが必要である。まだまだ在宅で栄養士さんが十分に活躍しにくい現状であることを理解した。

次に、在宅看取りについてだが、その良さを身を持って体験しているスタッフも、利用者も不足していると思う。
加えて、終末期や死=異常なことという認識が根強い社会における、死生観などの教育が、これからの多死社会に適応していくために求められている。
在宅死が良い。在院死が悪い。ということではなくて、なぜ在宅なのか?という医療、介護を提供する側と、それらを利用する患者、家族の共通のテーマを練りに練って議論した結論が在宅であれば、家族を含むケアに関わる全てのメンバーが、そして患者さん本人にとって満足度の高い時間を提供できるのではないか?

いずれにしても、限られた医療資源の中、円滑に在宅医療を提供していくためには、ご家族を含めケアに関わる全てのメンバー間の強固な協力関係が重要である。
こういった顔の見える集まりが、自分が頼るべき人を知り、できれば頼られる人として認識してもらえるような機会になればいい。

2013年12月14日土曜日

家族志向ケア ~第89回 FaMReF@保原&2013講座忘年会~


家族志向ケア ~第89 FaMReF@保原&講座忘年会~
相変わらずいわきの天気は爽やか。
しかし、今日は北福島での講座定例の勉強会&忘年会。
午後の中通りは雪の予報。
向かう道の途中、阿武隈高原では少し吹雪いていた。
県内大移動するたびに、福島県内各地の風土の違いを痛感する。

今回のテーマは「家族志向ケア」
家族カンファレンス自体が成立しないような難しい状況で、家庭医はどうかかわっていけるのか?
レジデントの診療経験の振り返りをもとに、家族志向ケアについて深く議論した。
高齢者総合評価の上、患者さんの家族・背景を深く理解し、患者さんや家族のニーズを認識し、埋もれている家族の機能を開拓し、家族をもケアの対象に加え、あらゆる医療・福祉資源を活用していかなければ、生活が成り立たないような状況下におかれているケースが、最近の自身の診療上も多いように感じている。
問題点を整理して、その解決方法を見出すべく知恵をしぼり行動していくことは、僕らにとって大変やりがいのあるエキサイティングな仕事である。
普段、県内各地に散らばって仕事をしている講座員が、定期的に一堂に会してアイディアを出し合うことは、新たな発想のひらめきと発展のきっかけつくりに有用である。




本日のメインレクチャーの講師は望月亮先生。
ファミリーライフサイクルに則った家族の絆の体感コーナーを通して、要員と相互作用を持った家族システムについて楽しく学んだ!
みんながそれぞれ好き勝手に動くと絆が切れてしまう。
しかし、絆の歴史を考慮して、家族システムの再構築が出来れば、あらゆる場面での家族志向ケアに役立ちそうだ!



2013年11月21日木曜日

非がん患者における終末期医療 ~家庭医療セミナーinいわき「実践家庭医塾」~

とかく がん患者の疼痛管理にスポットが集中しがちな緩和医療。
しかし、がん以外の原因で亡くなる方は、がんで亡くなる方よりもはるかに多い。
がんよりも予後の悪い、臨床的に悪性な病態を挙げればきりがない。
そういった方々に、いかに穏やかな終末期を過ごしていただき、静かにお看取りさせていただくことができるかが、これからの超高齢社会において不可避な多病・多死に対して、我々医療者に与えられた重大な課題である。

がんの終末期といえば、その後の大まかな転機はある程度予測がつく。
スピードの差こそあれ、少なくとも着実に進行し、やがて死を迎えることがほとんどだからだ。
状態によっては、積極的治療が延命につながらないであろうという判断もしやすい場合も多い。

一方、非がん患者さんはどうだろう?
もちろん、原因が多岐にわたるので一概にはいえないが、明らかにもう限界、いわゆる危篤と判断した患者さんが、翌日には普通に目を覚まして、普通にご飯を食べ始めたりすることもあり、終末期そのものの定義自体、あまりにも曖昧で、そこに求められる判断内容は非常に複雑で不確実性に満ち溢れた世界である。

今日の実践家庭医塾では、臨床研修医のT先生が、そんなモヤモヤした疑問に対する数少ない先行研究などを紹介しながら、非がん患者における終末期医療について問題提起し、その難しさについて示してくれた。

がんであれ非がんであれ、疼痛以外に出現する症状は多彩だ。
特に、呼吸困難・摂食困難は、いかなる終末期にも多くみられ、共通の課題となる。
苦しい原因は何か?食べらなくなったらどうするか?
置かれた環境、患者の想い、家族の状況…
マニュアルにこだわらず、個別に議論して、最善と思われる道を丁寧に探っていくこと。
そういった地道な努力こそが、より良い終末期医療の提供につながっていくだろう。
そして、最期の時をどこで過ごすべきか?という問いへの答えも、個々の状況で自ずと決まってくるだろう。もちろん、在宅だからよくて病院だから駄目だとは限らない。

難しい課題にぶつかった時、我々にとって患者中心の医療の方法がいかに優れた武器であるか再認識させられる。
ただし、これはあくまでも手段なので、結局は、ご本人が、家族や支える人々とともに、より良い終末期を過ごしていただけるよう、医学のプロとして知恵を絞りながら、ずっと寄り添っていく姿勢が大切なんだと思う。
以前にも記載したとおり、終末期というものは、漠然とした暗いイメージとは裏腹に、実はそれは人生の締めくくりであり、クライマックスであるわけで、ある意味 華やかに花道を飾りたい時期でもある。
個別のこだわりや希望・我がままを出来る限り叶えられるようサポートしていきたいと強く思う。

2013年10月24日木曜日

自然体であること

人生のクライマックスを自宅や長年お世話になった介護施設で!

そんな素朴な望みに応えていきたい。

今日は強くそう思った。

ご本人も、ご家族も、残りの人生がそう長くないであろうことを受容し、大切な時間を大切な人と過ごしたい。
そんな純粋で素朴な思いをお持ちの方は多い。
しかし、それは簡単にできることではないだろうとはじめからあきらめてしまっていることも多いように思う。
事実、終末期を在宅で過ごすためには、多くの介護力、訪問看護や訪問診療などの医療的サポートが必要になる。
現在のわが国では、これらの供給体制が絶対的に不足していて、特に医療的なサポート体制がとれずに希望が叶わないという話をよく耳にする。
家族もまた、自宅でも多くのサポートが受けられる可能性があることを知らずに、「絶対無理!」と、はなからあきらめてしまうこともあるだろう。
結果、多くの方々が、望む望まないにかかわらず、医療機関で最期をむかえることになる。

入院治療が救命につながらず、また、本人・家族もそれを望まないのであれば、病院のような日常からかけ離れた場所で過ごすべきではない。
個人的には強くそう思うのだが、現実には沢山の方々が、病院の中でやがて来るであろう臨終のときを待っているのである。

一方、今日は、退院後お初となる2件を含む計4件の終末期の方々の訪問診療をさせていただいて、住み慣れたところで最期の時を過ごすことが、どれだけ自然なことかを見せつけられた。
皆さん“たたずまい”がとにかく自然なのだ。

水の中で泳ぐ魚。
こたつにもぐる猫。
やたら吠える躾のなってない犬。
休みの日にはトドみたいに家でゴロゴロしている親父。
いくつになってもイケメンにときめいちゃう女子。
「やるな」言われたことは必ずやって見せるキカンボウ!

このようなあたりまえの光景と同じく、あたりまえの患者さんの姿がご自宅にはあった。

好きなように過ごし、好きなことを言い、機嫌が悪ければ何もせず、病院では決して許されない本当の自由がそこにある。

このような自然をサポートしたい。
こころからそう思う。
そして、一人でも多くの方々が、自然に帰ることができるように、同じ価値観を持った医療人たちが力を合わせてゆくことが大切だと思う。

2013年10月14日月曜日

急に熱を出すと・・・

急に熱を出すと、色んな方々に迷惑をかけますねぇ~
これって非常にコモンな状況にもかかわらず、職務上のバックアップ体制はほとんどありませんから・・・

まあ、ゆっくりと計画的に熱を出すということは普通ないので仕方ないのだが、
こんな時は、あらためて医者はなるべく1人で行動しちゃいかんと思う。

扱う対象が人命である以上、電気・ガス・水道といったライフラインと同じように、
何重ものバックアップや復旧体制が必要。

個々の医師などの医療・介護スタッフの自主性や努力に依存し、ライフラインとしての医療・介護の整備や、医師などの医療・介護スタッフのの配置を後回しにしてきた今の日本の医療・福祉供給体制は、まるで虫食い状態のまま稼働し続け、歪みの修正が困難になっている。

2030年の超高齢社会、日本が医療・介護難民に溢れる孤独死や自殺が蔓延する地獄と化すのか、笑顔溢れる未来の鉄人社会に生まれ変わるのかは、わずか数年以内に国民総動員のムーブメントがあるかないかにかかっている。

沢山の皆さんに問題意識を持って欲しい。
自分や家族が医療や介護を必要としなければ気づかない我が国の危機。
今のままでは、そう遠くない未来に、日本でまともな医療や介護は受けられなくなることを知って欲しい。
しかし、まだまだ手遅れではないことも・・・

医療や介護そのものを生活の一部として組み込んで、その周りに多彩な関連雇用が生まれて、老若男女問わず元気なパワーはもらさず社会還元していくような街づくりをすれば・・・

なんて寝込みながら脳内で構想を練っているうちに解熱し、無事復活!

折角の連休なのに退屈させた子供らに罪滅ぼし。
ベタベタの三崎公園だが、ここってこんなに広かったっけ?

 手乗りマリンタワー

花と蝶?

近くにいいとこたくさんある。
こんないわきを誇れる街に創生していこう!
裸足で駆け回る怪獣を見てそう思った。

2013年10月7日月曜日

トランス状態?が打ち砕く苦手意識 ~人生初の楽しい運動会~

私は運動が大の苦手である。
当然、運動会は嫌い!

何が苦手って、私は全力疾走をするといつも、スタートから40Mを過ぎたあたりから必ず急性の両下肢脱力に見舞われて失速し、それでもそのまま強引に走り続けると眼前が真っ白になり、その後最終的には酷い嘔気に見舞われ、けれど嘔吐すると速やかに治癒する。

発症は確か小学3年頃で、現在に至る。

そんなことを繰り返してきたから・・・
こんな体質で運動会を好きになれるわけがない。

全力疾走しなければ起こらない現象であるけれど、結果、短距離走は大の苦手とならざるを得ない。
なのに、他のことをしながら全力疾走するバスケットボールやサッカーなどでは大丈夫だし、長距離走、つまり校内マラソン大会とかでは・・・
中学で約200人中10番台とか、高校でも約500人中30番台とかで、むしろ得意な方だった。
なので、先天性筋疾患などでもなさそうだし・・・

こんな状況を来す疾患の snap shot diagnosis ってあります?

日常生活では全く支障がないので、敢えて診断するつもりも、診断する必要性も感じてはいなかったけれど、できればこの状況を密かに克服したいとは幼少時より思っていた。
状況的に、準神経症領域の準病的状況がもたらす現象であろうと見積もって、自分に「大丈夫、普通に走れる!」と何度か暗示をかけてみたりもしてみたが、あまりうまくいかなかった。
かといって、全力疾走前に精神安定剤を頓服するのも理不尽だし、してみたこともなかった。

昨日は、末っ子の幼稚園の運動会。
ただの運動会ではない。
父兄も参加型の、しかも本気で参加型の運動会。
父兄によるガチのリレーもある。

自分にとって、一番いや~なやつ・・・

しかし、今日の運動会ばかりは楽しかった。
わりと真面目に走ったのに気持ち悪くはならなかった。

ほぼ徹夜で挑む運動会。
運動会が嫌で眠れなかったのではなく、強制的に・・・
つまり前夜は当直。
眠いような気持ちいいような夢心地の運動会。
この状況=ほぼトランス状態で迎える運動会自体 人生初か?

運動会では、子供たちがそれぞれの力をできる限り、あきらめず最後まで挑戦していた。
運動会を開催するために、どれだけの苦労があっただろう?
何年にも及ぶ除染、前日の降雨への当日早朝からの園庭の水処理と再整備・・・
多くの方々の力の蓄積が、子供たちの未来を創出している。
そんな大人たちからの沢山の愛を受け止めるかのように躍動する子供たちを目の当たりにして、
私はこの際、自分の走りなどもう どうでもよくなっていたのかもしれない。 (いい意味で)

そもそも、運動会とは、運動会嫌いの人間を苦しめるためのものではなく、私たちの成長のためにあるもの・・・
まさかそれが、親の代に対しても続くとは思ってもいなかったけれど、物事の本質・本当の目的を理解し、先入観を取り払ったことで、この年になってやっと運動会というものが少し好きになれた日曜の午後であった。

ちなみに、運動会での子供たちの活躍ぶりは、しかとこの目に焼き付けているので写真は一枚もない。

それにしても、子供たちにとっても運動会は、とても疲れるらしい。
ご褒美の外食の後、いつもより早く爆睡に就いた息子・・・

2013年9月2日月曜日

(多分) 今年最後の夏祭り!


郷ヶ丘幼稚園の夏祭りにおける「お父ちゃん」の主な役割は、「たこ焼き」と「生ビール」販売と、「ねぶた神輿担ぎ」 などの力仕事全般。
一部の太鼓バカは「MUZIMA」(スワヒリ語で“生きている”という意味)という和太鼓集団を形成し、祭りを盛り上げるのに一役買っている。
自分は、足掛け11回目の夏祭りというわけだが、新しいお父ちゃん方が、慣れないたこ焼きや太鼓に果敢に挑戦し、どんどん指導的役割を担っていくようになるのを見るのが楽しい。
医学の指導や、職場の教育も、こんな風にワイワイ楽しくできたらいいと思う。
そのためには、参加者共通の目的や目標がしっかりしていることが大事なんだと思う。
子供の健やかな成長を願う、大人の気持ちが、父兄・職員一丸となって形になった。
そんなことを実感できる心に残る夏祭りとなった。


大人の身勝手で、海を汚し、子供に負の遺産を残してしまったことへの申し訳ない気持ちと、
それでも、子供たちと共に命の源の海に抱かれて生きていきたいという想いをこめ、
子供たちをクジラの背に乗せて、大きな空を激しく泳いでもらった。


私たちはここまで来た。
そして、これからも前へ進んでいく・・・

2013年8月31日土曜日

手作りの夏祭り

郷ヶ丘幼稚園の夏祭りは、何から何まで手作りである。
園児、先生、父兄、卒園生までもが、それぞれが、それぞれの立場でできることを少しずつ出し合って作り上げていく・・・

いよいよ明日に迫った今年の夏祭り!



おいらにできることはあまりないが、大学生の時に得意の象形文字を武器に取得させていただいた、ペーパー書道師範の経験をたまには活かそうじゃん(実際は象形文字以外の文字は苦手なので実用的じゃないが・・・)というわけで、ささやかにお品書きなどを準備している次第である。


「かき氷の黒みつ抹茶あずきミルク味ひとつください」って長くね?というツッコミをいただきながらも何とか完成!

そのかたわらで、黙々と筆遊びしてる4歳児が約1名。
教えもしないのに、象形文字を踏襲していて驚いた!

子供達の絵を貼り合わせて作った「クジラねぶた」試運転。
本番は、これを神輿にして、子供たちを乗せて父兄が担いで園内を練り歩く。
幻想的かつ勇壮な風景が見られる。

2013年9月1日(日)17時~20時 郷ヶ丘幼稚園 にて!

2013年7月25日木曜日

映画「風立ちぬ」に学ぶプライマリ・ケアの構築 ~誇りを持って後進すること~ 


わたくし、病的に涙もろいので、たいがい見苦しい状況になるので、夜中にこっそり一人で観てまいりました。
そもそも、自分からすすんで映画館に行くということはほとんどないのに、なぜそうなったのかは、未だにわからない。
かねてから観たいと思っていたわけでもないし、そもそも何の映画かもほとんど知らないのに、自然に足を運んでいた。
結果、やはり自分が足を運んだことには、意味があったのだと感じた。
不思議なことに・・・


先進国でありながら、各国と比して何十年も立ち遅れていると揶揄される日本のプライマリ・ケアのシステム。
先進国で唯一、家庭医療の後進国ワースト6(日本、ネパール、ベトナム、スリランカ、ブラジル、ジンバブエ)に名を連ねちゃったりして・・・

しかしながら、日本には日本なりに発展した、世界に誇れるものがあって・・・
例えば、国民皆保険のように国民すべてが安心して医療を受けることができるシステムや、「医は仁術」という平安時代にまでさかのぼる利益をど返しした伝統的な献身的博愛の精神など、その特長を活かすことができれば、日本でしか提供できないような、他のどの国よりもクールな地域医療を構築できるのではないかと思うことができた。
世界中が驚くような、日本ならではの家庭医療を創ってやろうじゃないの!
数十年の時の差を、一足飛びに縮めてゆくアキレスのように・・・

そして、そんな私の少年のような夢を理解・共有し、支え、後押しし、僕らの残した足跡、飛んだ奇跡、ひこうき雲を 誇らしげに追い求めてくれる最愛の家族がいるということが、何よりもかけがえなく、ありがたいことであることを再確認できる時間を持てたことに感謝し、自身や最愛の家族の生死と向き合うとき、終末期を過ごすとき、何を最も重視して時を過ごすのだろうか?想像しながら・・・

堀越さんみたいに多彩な夢をみたいなぁ~



ところで、映画を観て、私見をしたためてみたわけだが、
当講座では、伝統的にそんな行動を医学教育に活用している。

その教育手法とはズバリCinemeducation

Cinemeducation とは、映画やテレビ番組の一部を用いた医学教育方法で、Cinema+medical+educationを合わせた造語である。
Alexanderにより1994年に提唱されが、私が知る限り、日本で最もこのCinemeducationに入れ込んでいるのは当講座の葛西教授だと思う。

映画の一部のクリップを観て感じたことを言語化すること、他の人が言語化したことを聴くことで自分にはない視点を知ること。
これは、診療所を訪れる患者さんの日常生活全体のごく一部にあたる診察室での言動から、患者さんがどのように辛いのかを深く理解することを求められる、我々家庭医の日常診療に通じるところが多い。

2013年6月23日日曜日

感謝のラストラン

弾丸トラベラー一家の足。
8年で約10万キロを走破した我が家ファミリーカーとも今日でお別れ。
複雑な思いでさよならドライブ旅行中である。
今更ながら猪苗代ってきれいだよね。
いろんなきれいなものを見せてくれた愛車に感謝しながら今日を大切にしたい。

2013年6月15日土曜日

季節外れの紅白歌合戦

長女の誕生祝いも既に午前様。
(どんな教育してんねん)
なぜか昨年の紅白の録画を観ながら夜更かししている我が家。
ふるさとを思うことで、人の情緒は豊かになり、夢を実行する勇気が生まれる ふるさととは いつも 心の中にある・・・日野原重明 先生の
有難いお言葉に何度も頷きながらも、ゴリーぱみゅぱみゅを応援している。
こんな意味不明な遊び心でずっとずっとゆる~く自分らしくやっていきたい。
長女のために次女(と妻)がいけた華

2013年4月27日土曜日

郷ヶ丘小学校運動会

昨日の大雨もあがり、さわやかな朝。
とはいえ、激しい飲み会の翌朝に5時起きで運動会の場所取りと、二日酔いの心地よい頭痛の中での水たまり処理作業はキツイわな!
スポンジ絞りすぎて握力がなくなった。
ともあれ、雨上がりは萌える。
庭の花壇が・・・

校庭表土の除染が住み、好例の校庭で家族一緒のお弁当も復活!
本日始運転した我が家のノンフライヤーも喜んでいるであろう。
決して運動が得意でない我が娘らも、自分なりに頑張って楽しんでいる様子だった。
子供たちの真剣な姿を見させてもらって、黙々とおこなった水たまり処理作業も報われるというものだ。
朝からつき合わされて大興奮だった我が家の暴れん坊将軍も、ついに疲れ果てて鼻糞ほじりながらおちた。
それにしても、気づくと鼻の頭が真っ赤やねん。
決して今日はまだ呑んでないよ!

2013年4月3日水曜日

ダブル古稀&命日


両親の古稀祝い。

そもそも古稀とは・・・
杜甫の詩のなかで「70歳まで生きるのは、古来とっても稀であった」との記載に由来するらしい。
さらに、杜甫の詩のなかで、それだけ短い儚い人生・・・呑んで楽しく過ごそうぜ!的なニュアンスの内容も盛り込まれている。
時代が変わり、現代の日本において、もはや70歳は古稀とはいえなくなった。
しかし、いかに時代が変われども、悠久の時と比すれば、人の人生など儚いものである。
父は、周富徳氏と生年月日が同じ。
母は、なぜか原良也氏(大和証券の元社長さん)と生年月日が同じ。
同い年には、加藤 茶、尾崎 紀世彦、樹木 希林、森本 レオ、アントニオ猪木、北大路 欣也、はらたいら、林家こん平、ファイティング原田、輪島 功一、橋 幸夫、梓 みちよ、佐伯 チズ、山田 満知子、池乃 めだか、関口 宏、峰岸 徹、ミック・ジャガー、田村 正和、ロバート・デニーロ、小野寺 昭、うつみ宮土里、尾藤 イサオ、車 だん吉、加賀 まりこ、加藤 登紀子など(敬称略)有能な方々が多数。
終戦・戦後を生き抜き、今般の震災までをも経験した古稀のご両人に育まれた私たちは、生かされていること、人を愛することができること、人のために生きること、それらすべてのありがたさと尊さを、身を持って教えていただいた。

そのことへの感謝の気持ちと、これからもよろしくの思いを込めて、ささやかな宴をもうけた。


ひょうきん(死語?)な、孫らに囲まれて・・・
それにしても帽子似合うわ~
ロールケーキ47㎝・・・長ッ!!!


母の誕生日かつ祖母の命日をむかえた、いわき市鹿島町にて

2013年3月30日土曜日

三つの幸せ ~三吉(みよし)ロール~

国産『米粉』を使用した、いちご風味の桃色スポンジのロールケーキ。
『米』『苺』『桃』という、三つの吉(しあわせ)を詰め込んだ幸せの三吉(みよし)ロール。
第1回ROLL-1グランプリ全国3位の逸品だけに、期間限定(3月末日まで)数量限定!
予約でようやくGET!
確かに旨い!
「みよし」ロールだけど、いわきの「みよし」じゃなくて郡山の「柏屋」です!

2013年3月27日水曜日

嗚呼、憧れの高湯温泉






現職最後の福島市でのお勤めは家族孝行!
知る人ぞ知る硫黄の名湯 高湯温泉。

普通に月の輪熊が出るこの地。
立ち込める玉子の香りに湯屋の風情は格別!
リピーターが多いことで知られるこの温泉地に以前から泊ってみたかった。
お湯の凄さは言うまでもななく。
毎度 オッペケペ~な我が家・・・ 早速、娘が眼鏡を紛失するも、すんなりフロントに届く・・・
巡るべき風呂が多過ぎて勝手がわからずオロオロしてると、他のお客さんが、数多い庭園風呂のお勧めポイントを教えてくれる。
宿のスタッフとお客とお湯とこの地の旨いものらがタックを組んで、ほんわかした雰囲気を創っている。
楽しいひと時は、提供されるサービスに対して受動的な姿勢だけでは満喫できない。
病いによる苦しく不安な経験もしかり、医療機関のスタッフにお任せという姿勢では乗り切れないだろう。
医療機関のスタッフだけでなく、何よりも患者さん自身、ご家族、医療機関にある医療資源のすべてを総動員して、最良・最善の医療を模索してはじめて、満足のいく医療が実現する。
「おいしい料理をいただく」のではなく「料理をおいしくいただく」のだ!
(by 相葉雅紀 氏)
そんなことを想いながら囲炉裏料理で福島路ビールを楽しんでいる。