2018年10月28日日曜日

リッツ・カールトンに学ぶ地域医療創生

 2018年10月25日。人とホスピタリティ研究所所長の高野登先生を講師にお迎えして「いのちの現場とおもてなしの心」〜医療従事者における接遇とは〜 と題し、社団医療法人養生会接遇特別講演会がパレスいわやで開催されました。


 高野氏は各ビジネス誌やレジャー誌で常にトップクラスの評価を得ているリッツ・カールトン・ホテルの元日本支社長で、従業員に“おもてなしの極意”を徹底的に叩き込んでこられた人物です。高野氏は、最高のおもてなしとは、設備でもマニュアルでもなく“人の価値”だと言います。たとえ、豪華な建物と完璧なサービスマニュアルがあっても、そこに企業の熱いパッションが根底に流れていなければ、ホテルが単なる宿泊施設の域を超えることはなく、企業の“心”と“魂”が従業員を通してお客様に伝わって初めてホテルはひとつのブランドへと昇華されると言うのです。


 講演の冒頭で高野氏は最高の笑顔で「仕事は一生かけて人格を形成するためのもの」と断言されました。そして、その神々しく揺ぎ無い姿に圧倒され「これまでの自分は仕事を通してきちんと人格を鍛えてきただろうか?」と深く猛省させられる、まさにハッとした瞬間でした。高野氏は続けて“サービス”と“おもてなし”との違いを明確に定義づけしました。サービスとは、いつでも・どこでも・誰にでも提供する、客との契約に基づく商品であり、徹底したマニュアル管理により質を担保することができます。一方、おもてなしは、個々の客の、その時・その場における固有の状況を丁寧に観察し、客がどんなことを望み、何を必要としているかを想像し、マネジメントを創造した者にだけ提供できる、今だけ・ここだけ・あなたにだけの特別なものです。相手の心に自分の心を寄り添わせて、相手の立場になって対話する姿勢そのものであり、一人ひとりの相手が求めているものの違いに気づき、感じ取る“感性”が必要になります。その先に互いの“感動”と“感謝”が生まれ、決して飽きることなく、やりがいをもって何度でも繰り返したくなる善循環へとつながっていきます。


 講演を聴きながら、医療におけるサービスとおもてなしについて考えました。医療におけるサービスはもちろん診療行為です。これは徹底したマニュアル管理により、提供内容の標準化や質の向上、医療ミスの低減が図れるかもしれません。また、手術等の専門的技能は、経験を重ねるごとに技術が習熟されていくでしょう。しかし、こういったマニュアル化しうる領域は、おそらく人工知能(AI)の得意分野でもあり、AIの守備範囲は日進月歩で拡大し、医療従事者の役割は今後縮小していくでしょう。ホテル業界でも接客のほとんどをロボットに任せている「変なホテル」という名のホテルが登場しているぐらいですから…。一方、医療におけるおもてなしとはどのようなものでしょうか? 例えば同じ疾病の患者さんであっても、その病気の体験(苦しみや恐れの程度や内容、置かれている境遇など)は、患者さん一人ひとり異なるし、更に家族をはじめとする患者さんを取り巻く人々や社会環境は千差万別です。これらの固有の事情に配慮して、患者さんがどんなことを望み、何を必要としているかを想像し、マネジメントを創造して、今だけ・ここだけ・あなたにだけの特別なケアを提供することが医療におけるおもてなしであり、これぞまさに患者中心の医療そのものなのではないでしょうか?


 ところで、リッツ・カールトンの従業員は何故ここまで情熱を持って、おもてなしを追究し続けられるのでしょうか?先ずはリッツ・カールトンの公式ホームページに掲載されているクレドと呼ばれるホテルの信条を紹介します。『リッツ・カールトンはお客様への心のこもったおもてなしと快適さを提供することをもっとも大切な使命とこころえています。私たちは、お客様に心あたたまる、くつろいだ、そして洗練された雰囲気を常にお楽しみいただくために最高のパーソナル・サービスと施設を提供することをお約束します。リッツ・カールトンでお客様が経験されるもの、それは感覚を満たすここちよさ、満ち足りた幸福感、そしてお客様が言葉にされない願望やニーズをも先読みしておこたえするサービスの心です』一読すれば誰もが一度泊まってみたくなるような魅力的な内容ですね。リッツ・カールトンには、仕事をすることの意味は何か?ということを、組織的に継続的に考えさせる仕組みがあり、高野氏もその答えを追求する中で、人は誰でも本当に人様のお役に立てたときは輝いているということが見えてきたと言います。「お客様に喜んでいただけることが自分にとって生きる力になります」リッツ・カールトンのスタッフは誰もがこう口にするそうです。そして、世の中のお役に立てたと実感できたとき、実はその本人の心が鍛えられ成長するのだそうです。そうやって心の筋トレを繰り返しながら「人の心に寄り添い、思いを感じる力」をつけていき、仕事が楽しくて仕方がなくなっていくようです。
 心の筋トレをしたいなら、いわきは実はメチャメチャやりがいのある場所です。立ち去り型サボタージュによる人材不足の悪循環に陥っているいわきの医療界においても、リッツ・カールトンのおもてなしの精神は適用できると思います。そのためには各医療機関がそれぞれのクレドを再確認し、全職員が一丸となって使命を果たしていくことが必要です。私自身の所属法人であるかしま病院のクレドは一言でいうと“めんどうみのよい病院”です。具体的には、家庭医療を基本とする医療と介護の融合した病院、在宅復帰・在宅医療に取り組む病院、かかりつけ患者や病院周辺地域の救急の受け入れ・増悪時の対応を行う病院です。幸いなことに、このクレドに掲げられた内容は、私が一生かけてでも成し遂げたいことそのものです。今はまだまだ全然できていなくても必ず創りあげます。
 高野氏から発せられる言葉は一言一句すべてが私たちに勇気と活力を与えるものでしたが、講演の終盤で飛び出した「悪循環も善循環も回すのに必要なエネルギーは変わらない」という言葉が胸に刺さりました。「それなら逆回転させればいいじゃん!」と思いました。みんなが力を合わせて悪循環を逆回転させるのはいつか?今でしょ!(古ッ! 苦笑)


時空を超えてミッションを叫ぶ! ~138th FaMReF~

本日の只見開催の家庭医療レジデント・フォーラムは、220 km 余りの道のりを超え、TV会議システムを利用して、いわきから参加させていただきました。
担当患者さんの病状を鑑みると遠出しにくい状況でしたので、光回線のこの武器はとてもありがたいです。


さて、今回は、制度、組織、業務改善、経営など、運営に関する内容がメインテーマとなりました。
とても大きなテーマです。
大きいがゆえに、日々の活動の全体像を振り返り、原点回帰するのにとても良い機会となりました。
あらためて、所属法人のミッションと自身が成し遂げたいことが一致していることを再確認し、そして、それは自分の人生にとってとても幸運なことであると再認識しました。

また、福島県を訪問中のデンマークの家庭医Susanne先生ご夫妻が、デンマークの家庭医療制度について紹介してくださいました。デンマークではリスト・システムによって、かかりつけの家庭医が決められ、家庭医はゲートキーパーとしての役割を担い、高い国民幸福度を支えているようです。

2018年10月24日水曜日

今こそ闘いの時! ~総合診療みちのくプロレス~


 20181013日、みちのく総合診療医学センターを見学させていただきました。



 みちのく総合診療医学センターは、宮城県塩竈市の地域医療支援病院である坂総合病院を中心として、中小の地域病院、診療所も含めた教育フィールドをもち、救急医学、病院総合診療、家庭医療、在宅医療など、東北の総合診療を担う様々な分野を担う医師を育てることを目指し、2012年に以下の目的で設立されました。

    診療所・小規模病院の家庭医療、総合病院の総合診療を担う医師を育成
    ジェネラリスト医師の教育・研究の拠点となり、目指すべき医師像を探究
    理想の地域医療を追求することで、東北の医療に貢献

 みちのく総合診療医学センターは、しばた協同クリニック院長の小幡篤先生をセンター長として、医療福祉生協連家庭医療学開発センター長で日本プライマリ・ケア連合学会理事の藤沼康樹先生をアドバイザーに迎え、活発な診療・教育・研究活動が展開されています。代表的な学習・省察の機会として、総合診療カンファレンス、レジデントデイがあります。

<総合診療カンファレンス>
毎週火曜日の午後、主に総合診療科と救急科に入院中で研修医が担当している症例を中心にカンファレンスを実施しています。研修医が診断や治療、退院に向けて苦労しているケースについて、救急、総合診療、家庭医療、感染症、循環器、脳神経外科を専門とする指導医からアドバイスをもらいながら、医学的な問題はもちろん、患者さんが抱える心理・社会的な背景を含めて包括的に検討していきます。

<レジデントデイ>
 アドバイザーの藤沼康樹先生を招いて月1回レジデントデイを坂総合病院や古川民主病院などで開催し、レジデントの1ヶ月間の振り返りを行っています。毎月の目標と評価、外来・往診・入院症例ログ付け報告、外来・往診診療ビデオ記録での検討、Clinical Jazz、総合診療関係のテキストの読み合わせなどを行います。その他、藤沼先生からのレクチャーやEBM指導なども行っています。外部からの参加もオープンにしています。

今回の視察では、基幹病院である坂総合病院で開催されたレジデントデイに参加させていただきました。参加者は16名(専攻医3名、指導医10名、見学者3名)で、専攻医一人ひとりから、1ヶ月の振り返り(省察)、ポートフォリオ発表、ビデオレビュー等がなされ、それぞれに対し、指導医から丁寧なフィードバックがあり、専攻医らが次へのステップへ向けた具体的な目標を設定できるように配慮されている点に感銘を受けました。

視察を終えて、まず、福島県立医科大学 地域・家庭医療学講座が提供する福島県立医科大学総合診療専門研修プログラムとの比較検討をしました。
共通点としては、日々の研修を多施設に分かれて行っている専攻医らが、各種通信手段を駆使して情報共有しながら、定期的に一堂に会し、高い水準の学びを享受できるように配慮されているということです。
相違点としては、福島県立医科大学総合診療専門研修プログラムの拠点となる研修施設がすべて中小の医療機関であり、それぞれが広大な福島県内の別々の医療圏に属しているため、各拠点研修施設間の診療上の連携は殆どないのに対し、みちのく総合診療医学センターは、100年以上の歴史を持つ塩竃市の地域密着型の坂総合病院を基幹病院として、3つの小規模病院と2つの診療所が互いに連携し、急性期から慢性期・生活期までの幅広いフィールドでの研修が提供されています。一方、福島県立医大のプログラムでは、県内各地の拠点研修施設を中心として、その地域ごとにその地域の実情に合わせた新たな地域包括ケアシステムの構築に取り組むことができるというチャレンジングな魅力があります。
このことを踏まえ、いわき市で、家庭医・総合診療医を育成するネットワークを構築し、魅力ある研修環境を提供するためには、2008年から家庭医療専攻医の受け入れ実績のある養生会かしま病院が、めんどうみのよい病院を目指して展開する地域包括ケアシステム(いわき地域・家庭医療センター構想:かしまモデル)を存分に活用し、近隣の診療所と連携しながら、予防・診断・治療・リハビリ・在宅医療・福祉・介護についてシームレスに学べる環境を整備するために、多施設が研修の質の向上のためにオールいわきで協力していくことが不可欠であると考えました。

10年かけてようやく蕾が膨らみつつあります。今こそしっかりと花を咲かせ、これからの10年で結実させます。

どうやら、死に者狂いの闘い(みちのくプロレス)の時が来たようです。

2018年10月18日木曜日

キューバしのぎも継続すれば結実する

 2018年10月16日~18日の3日間、キューバ家庭医学会会長のLilia González Cárdenas先生(通称Lili先生)がいわきに滞在し、かしま病院を視察されました。いささか唐突な出来事のように感じられるかもしれませんが、今回の訪問前からLili先生と当院との間には既に深い縁と絆が存在していました。福島県立医科大学 地域・家庭医療学講座では、例年新任初年度のメンバーを対象に、家庭医療先進地視察を行っています。実は当院の渡邉聡子医師、藤原学医師も、家庭医療先進地視察として2015年2月にキューバを訪問しました。その時に大変お世話になった人物の一人が、Lili先生というわけです。
 キューバの人口は約1,100万人で国土は日本の約1/3、社会主義国として知られていますね。1人当たりのGDPは日本の1/6程度でありながら、平均寿命や乳児死亡率は先進国並みです。「えっ、そうなの?」と意外に思われる方もおられることでしょう。なぜ、お金がないはずのキューバで高い医療水準が実現できるのでしょうか?
 キューバのヘルスケアシステムは、全国民を対象に患者負担は全て無料!4万人近くの家庭医がいて、地域ごとのコンサルトリオ(家庭医と看護師がペアで働く診療所)を基盤に、ポリクリニコ(各科専門医、歯科医、臨床心理士と統合医療を含めたプライマリ・ケアを提供する24時間外来診療施設)と円滑な連携をとり、更に高次医療機関(大学病院・研究施設)を持つピラミット型システムです。コンサルトリオでは、家庭医と看護師1人ずつがペアとなって、担当地域380世帯、約1,200名の住民を対象に家族単位の医療サービスを提供しています。診療録には、病歴のみならず、経済状況、家庭関係、生活環境の評価も記載され、また予防に重点をおいて、検診やワクチン接種の受診状況および結果をすべてテータ管理しています。健康教育や医療費節約の喚起、年2回の家庭訪問による生活・衛生環境の指導も行われ、まさに地域密着型の医療サービスが展開されています(渡邉聡子医師による視察報告から抜粋・編集して記載)。
 さて、かしま病院はLili先生の目にどう映ったのでしょうか?訪問診療同行で、海外でもお馴染みの「おしん」に出てきたような日本家屋を訪問できたことが最も印象的だったらしいことはさておき、地域密着型の「めんどうみのいい病院」を目指してコンサルトリオとポリクリニコの役割をハイブリットで担いながら、多職種が力を合わせてそれぞれの能力を発揮し、超高齢社会の急場をしのいで生き抜いている様にとても感銘を受けられたようでした。私たちのキューバしのぎがいつか実を結び、家庭医療を基盤とする医療と介護が融合したヘルスケアシステムが円滑に機能し、地域住民の皆さんに定着・貢献できることを夢みて歩み続ける覚悟を固めた出来事となりました。