症例:10歳男児。1年前から10本すべての指尖にイボを認め、地元でイボを治す効果があるとされる「いぼ清水」なる湧水による治療を試みるも軽快せず、某診療所を受診。医師は「何もしなくていい。もうすぐ治るだろう。」とだけ告げた。少年はその医師の言葉をにわかに信じることができなかった。無理もない。1年も治らなかったのだから…
しかし、翌月には少年のイボはきれいに消失していた。少年はそれまで、医師とは何らかの痛い検査や処置を施したり、苦い薬を処方したりして疾患を治癒せしめることを生業としている。もっと酷い表現をするならば、患者に苦痛を強いながら儲けている人種であると信じていたので、その時は大変驚いた。そして少年は、身近な健康問題全般に熟知し、何の検査も処置も薬も用いることなく疾患の治癒を予言してみせたその医師をカッコいいと思い、心から尊敬するようになった。実はその医師とは、半世紀以上も前に小さな港町で開業し、今も現役で地域医療を実践し続けている私の伯父その人である。そして、その時の患者こそが少年時代の私自身である。
そんな私も今や医師17年目であるが、未だ自身の専門科を選んでいない。実は自分にとってどの科も大事な領域に思えて結局どれも選べなかったのだ。いや、逆にどの科も自分にとってしっくりこないと感じている気もする。そうなったのも、古き良き町医者として活躍している伯父の姿が、私にとっての医師の原風景だからなのかもしれない。
私はいわゆる専門を持たないことにむしろ誇りを持っている。むしろ、専門を選べなかったことこそが自身の真の専門性であるとさえ思っている。こんな医者でも、きっとこれからの超高齢社会では、かえって貢献できる可能性が高いことを確信しているから…
一方、私と同じような原風景を抱き医師を志した医学生や研修医たちが、臨床実習や研修の現場で、同じ価値観を共有できる指導医やロールモデルと出会うことができずに、目指していたはずの医師像をいつしか忘れ、断念してしまうことがあるなら不幸なことである。福島県立医科大学
医学部 地域・家庭医療学講座では、従来の大学の講座とは異なり、「地域で生き、地域で働くことができる新地域医療人の育成」をコンセプトに、主たる診療・教育の拠点を大学病院以外の県内各地域の診療所や中小病院に置き、地域医療を志す若い医療人たちが、確固たる「家庭医(総合診療医)」としてのアイデンティティーを維持しながら、高い臨床能力を獲得できるよう支援している。私が所属するいわき市のかしま病院は講座の研修協力医療機関の1つとして、医学生や研修医を受け入れている。研修を通し、彼らはみな一様に大学や基幹型臨床研修病院だけでは知り得ない医療の別の側面を体感し、各々の学びを自身の財産として持ち帰ってくれているようである。彼らの学びは私自身の学びでもある。例えば、今やかしま病院では夏休みの恒例企画となっている小学生の医師職業体験プログラム“キッズ医者かしま”は、地域に根ざした医療機関として地域の子供たちに医療を身近なものとして体験してもらうために「この際、子供に医者になりきってもらっちゃおう!」という研修医の斬新な発想から生まれた企画である。これからも若き医療人たちの若い発想力や行動力に鼓舞されながら共に成長していきたいと思う。そして、家庭医育成の取り組みが全国に広がり、国民の誰もが良くトレーニングされた家庭医によるケアを受けることができ、安心して暮らすことができる社会が実現することを期待している。
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