2011年9月14日水曜日

故郷に踏み留まることを決意させた母子との出会い

ルポ・そのとき看護は「ナース発 東日本大震災レポート」のP240 綴られているFile40 津波と原発事故「故郷に踏み留まることを決意させた母子との出会い」を読まれることをお勧めする。
原発事故直後にゴーストタウンと化したいわき市。
「自分も避難するべきか?」
しかし、津波にのまれ、溺死寸前から九死に一生を得、健気に生きる母子との出会いをきっかけに、市内に留まり看護を続ける決意をした看護師さんの想いが綴られている。
家族をもつ一人の人間としての不安と葛藤の中、プロフェッショナルとしての使命を貫き通した彼女の想いが強烈に伝わってくる・・・

<抜粋>
そんな中で、津波に巻き込まれた、ある母子との出会いがありました。
~中略~
母親は、水を飲んで息が止まったT君を車から引きずり出し、自ら人工呼吸を施して病院に連れてきたと言います。
~中略~
ほかの家族も亡くし、家も流されたと知って、T君は表情もなく、言葉も発することもなくなっていました。
~中略~
T君からは「励ましてもらって、心も体も治りが早くなりました。将来は医療関係の仕事に就きたい」というお手紙もいただきました。
~中略~
私の家族も○○○の親戚のもとへ避難していきました。
~中略~
私は避難しないと告げると「子どもを亡くすようなことになったら、どんなに親はつらいかわかるか」と、親に泣かれました。
~中略~
「2~3日して病院が落ち着いたら、後を追って避難する」と嘘をつき、家族を送り出したのです。
 3日後、避難先の父親に電話で自分の気持ちをきちんと話しました。「津波にのみ込まれてあんなに恐ろしい思いをしたのに、それでも懸命に生きようとしている人が目の前にいる。そんな命を見捨てては行けない。小さな頃から看護師になりたくてなったのに、ここで残らなかったら、私はなんのために看護師になったかわからない」と。親は納得してくれました。電話の後、父は「娘を誇りに思う」というメールを送ってきてくれました。
~中略~
疾患から患者さんを見たり、病気だけに目を向けるのではなく、もっと人としてかかわり、その人の思いに寄り添っていくことで、患者さんが治療に専念できる状況をつくるような看護がしていけたらと思います。


不用意に軽い気持ちでこの本をナースステーションでチラ見していたら、思わず号泣してしまい、とてもみっともないことになってしまった。
やはり前頭葉が・・・
ルポ・そのとき看護は
日本看護協会出版会編集部
A5 704ページ(判型/ページ数)   978-4-8180-1611-8
地震・津波・原発事故による未曾有の大災害に対し、看護職がどう行動し被災地域の医療を支えたか、看護は何をできるのかについての活動レポート集。自らも被災し悲しみを抱えながら必死に医療活動を続けた人、被災地のために何かしたいと情報もない中で現地に入り、不眠不休で支援を行った人、被災地の患者・住民を受け入れた施設など、さまざまな立場の看護職183人による活動報告は、看護の力の大きさ・すばらしさを改めて感じさせます。すべての看護職の方に読んでいただきたい1冊です。フォームの終わり

2 件のコメント:

  1. 大変な状況であっても(そうであるからこそ)、互いに敬意や誇りを持って働ける仲間がいることは素晴らしいと思います。

    医療はチームで行うものであって、個人の力には限界があるので。。

    返信削除
  2. 河村先生、コメントありがとうございます。

    不安と恐怖の中、池上先生の番組を観ながら、「大丈夫!大丈夫!」と励まし合い、身を寄せ合い、みんなで持ち寄った食料を分け合って凌いだ日々が懐かしく思い出されます。

    返信削除