2010年11月1日月曜日

広報いわき11月号「健康教室」完全版

広報いわき11月号「健康教室」に「家庭医」について掲載していただきました。
紙面スペースの都合などで肝心な最後の段落が載りきらなかったので、こちらには完全版を載せました。

広報いわき(Web版)平成22年11月号(18ページ参照)

http://www.city.iwaki.fukushima.jp/kohoiwaki/5541/009418.html


「家庭医」とは? ~現代版“まち医者”~

古き良き時代、日本の地域医療を支えていた“まち医者”を思い浮かべてみてください。地域住民と継続的な人間関係を築き、患者一人一人の個性や家族の状況、さらには地域環境も把握し、幼児でも高齢者でも、また、どのような健康問題でも専門外などと言わずにとにかく診てくれる。呼ばれれば往診もし、必要なら夜中に診察することもある。こんな“まち医者”が家庭医の原型です。それに加え、最新の医学情報に基づいた医療を提供できる“まち医者”の進化型が「家庭医」です。しかし、今時このようなお医者さんはあまり見かけませんね。一体、それは何故なのでしょう?
医学の進歩により、医療の専門分野は急速に細分化し、患者さん側にも専門医による治療を求める傾向が強まりました。医学教育も縦割りの専門研修が中心となり、その結果、家庭医が育ちにくい研修環境になってきたのです。しかし、「医師不足」、「患者たらい回し」、「コンビニ受診」、「医療経済破綻」、「医療不信」などが社会問題となり、医療崩壊が進む現在の日本において、地域に発生するあらゆる健康問題に適切かつ効率良く対応し、地域住民と強固なパートナーシップを築き、地域全体の健康増進に継続的に責任をもつ家庭医は、地域医療の救世主として、その価値が急速に見直されるようになりました。
 実は、地域医療崩壊が特に深刻な福島では、地域医療再生のために全国に先駆けて、既に県ぐるみで家庭医育成に取り組んでいます。現在、家庭医を志す研修医たちが全国各地から集まり、いわき市を含む県内全域で、現代版“まち医者”になれるよう日々研修を行っています。

2010年10月29日金曜日

10月23日のFaMReFとその後・・・


7~9月の3ヶ月(三春、只見、いわき の計3回開催)に及んだFamily Medicine Resident Forum(略称:FaMReF)の特番「家庭医療レジデント・フォーラムin福島」も盛会のうちに無事終了し、今月から通常運転に戻った当講座の月1回定例のフォーラムFaMReFが郡山のランドマークタワー「ビッグアイ」にて開催され、熱い議論が展開されました。

今回は、ゲスト講師としてお招きした、三重大学大学院医学系研究科環境社会医学講座家庭医療学の竹村 洋典 教授をはじめ、今回はゲスト参加が多く、中でも関東から熱心な医学生(5年生)の参加もあり、終始にぎやかな雰囲気でフォーラムが進みました。

後期研修医が診療上の振り返りをもとにプレゼンテーションを行うReflection of the monthの1題目は「乳腺炎と母乳育児」と題し、後期研修3年目の五十嵐博先生が、家庭医らしく自身の家族のケアから得られた経験をもとに、乳腺炎・母乳育児に関する基礎知識が提示し、その中で、参加者間で母乳育児のメリットを共有し、母乳育児のサポートシステム確立にむけて家庭医の役割について議論がなされました。

Reflection of the monthの2題目は「Conflict」と題し後期研修4年目の高栁宏史先生が、親しい患者のケアの中で生じる家庭医としての葛藤について提示してくれました。それを通して家庭医の役割について再確認する議論がなされました。

さて、続いて今回のメインイベントに移り、「行動科学の世界を旅する」-人々の行動、医師の行動がいかに健康に影響するか-と題して、竹村 洋典 先生が我々を楽しい旅に連れて行ってくださいました。患者中心性および患者満足度と健康アウトカムについての関連について、慎重な検討・考察と今後の診療上の戦略について議論がなされました。講演の中で、かなり衝撃的な研究結果が示され、その後の懇親夕食会でも白熱した議論の的となりましたが、その内容は内緒です。知りたい方は、ぜひFaMReFはじめ当講座の各種イベントにいらしてくださいね。

続いて家庭医療先進地(オランダ・イギリス)視察報告が、高澤奈緒美 助手、清水健伸(後期研修医1年目)、山入端浩之(後期研修医1年目)から提示されました。データ管理の電子化や医療情報提供サービスに代表される診療をサポートするシステムを有する家庭医療先進地の視察報告がなされました。

さて、議論が白熱すると時間がなくなるもので、恒例の葛西教授によるCinemeducationは時間切れにより中止になってしまいました。次回のお楽しみということで・・・
FaMReFに参加してくれた学生さんは、何と熱心なことに休暇を利用して引き続き当講座の家庭医療後期研修教育およびホームステイ型医学教育プログラムの拠点である“いわき地区”にホームステイと見学実習に来てくれました。
大学病院では学ぶことのできない地域医療を、若い感性で熱心に吸収し学んでくれてとても嬉しかったです。
それと、うちの家族(特に子供ら)を激しくかまってくれてありがとう!
とても助かりました。
週末は周辺の観光!
長い海岸線を持つ“いわき”なのに、なぜか「海よりも山川の方が癒されるんです」という彼女の一言で行った先は夏井川渓谷「背戸峨廊」と巨大鍾乳洞の「あぶくま洞」でした。
日頃、足腰を鍛えてないと、こんな時に心地よい全身痛が数日後に襲ってくるものです・・・(笑)

2010年10月22日金曜日

いわき青年会議所 10月公開例会

いわき青年会議所の方々は、自分の大切な人を守るために、日々熱心に活動してくださっています。
そんなわけで、本日の企画を勝手に宣伝させていただきます。
《 いわきの医療問題解決に向かって 》
10月22日(金) 18:00~開場 18:30分開演
場所・いわき芸術文化交流館アリオス中劇場

第一部 『 いわきの医療問題解決へ向けての実践 』 
        『 子宮頚がん撲滅に向けて』 いわき市立総合磐城共立病院 本多つよし先生 講演
第二部 『 美しく健康に生きる 』 タレント 秋野暢子さん 健康講演

第三部 『 医療問題解決に向けて私達に出来る事は? 』 両氏による対談

いわき青年会議所 市民協働委員会が、全精力を結集していわき市民に問いかけける。

テーマ: 大切な人を守るために今すぐにはじめよう!

入場料 500円

お問い合わせ いわき青年会議所事務局 0246-24-0780 お問い合わせ 平日 10:00~16:00

2010年10月14日木曜日

「家族志向型ケア ⑥」

今回は、「家族志向型ケア」の2番目のコンポーネントである「家族という大きな枠組みの中にある患者の立場に焦点を当てる」なかで必要な「ファミリー・ライフサイクル」について解説します。
家族の抱える問題は、家族の在り方が発展していく過程を段階別にとらえることでより見えやすくなります。若者が家を出て独立し、カップルとなって結婚。妊娠して子供が生まれ、小さな子供のいる家族となり、やがて子供は思春期を迎え、独立し、両親は熟年期に入っていく。子供の出て行った家庭では年老いた夫婦が死と悲嘆を経験していく―。そして、それぞれの段階の移行期に多くのストレスが発生することが、さまざまな研究によって明らかになっています1)。それぞれの段階には家族の乗り越えるべき課題があり、それがうまく解決出来ない時に、さまざまな症状に表れることがあります。この中にはいわゆる不定愁訴と呼ばれるものも含まれ、そのような場合には往々にして医師を受診しても「なんでもない」「気のせいだ」と言われたり、次々と別の医師を受診して回るドクターショッピングを繰り返したりしがちです。
家庭医療では、その人がファミリー・ライフサイクルのどの段階にいるのかを考え、そこでの課題をうまく乗り越えられているのかをチェックすることが重要になります。例えば、青年期では、家族や地域社会で良い人間関係を築けているか、社会人として仕事にうまく順応できているかということが問題になってくるし、子供が巣立った後の夫婦では、自分たちの今後の生活について再考すべき時期でもあり、病気や死について気持ちの準備が出来ているかも問題になってきます。これらの課題が解決できないために、ストレスとなってしまうことが多いのです。

1)家庭医療 ~家庭医をめざす人・家庭医と働く人のために~ 葛西龍樹著 ライフメディコム社より

「家族志向型ケア ⑦」

今回は、「家族志向型ケア」の残りのコンポーネント「患者・家族と医療者がケアのパートナーになる」「医療者が治療システムの一部として機能する」「家族もケアの対象である」について一気に解説します。
「患者・家族と医療者がケアのパートナーになる」については、患者・家族と医療者がお互いに一方通行にならずに、両者が同じ理解基盤に立って信頼関係を持つ必要があります。医療者が一方的に治療を施そうとするのも、逆に総てのケアを家族に放任してしまうのも、パートナーシップとは言えません。もちろん、このようなパートナーシップはすぐに確立できるものではなく、皮肉にも、患者さんの容体が悪化して家族と医療者が「一緒に危機を乗り越えよう」と頑張った時に強化されやすいようです。
次に、「医療者が治療システムの一部として機能する」とは、いろいろな職種のスタッフがケアにかかわるときに、ケアのシステム全体がより良く機能するために自分に何ができるかを考え、行動することが重要だということです。ケアにかかわるすべての人々が協力し、ケアのシステムを構築していくことで、「自分のみがケアの主役だ」と思いこむことも、「指示されたことだけをすればよい」と思うことも避けられます。それぞれが、それぞれの視点から問題をとらえ、評価し、みんなで相談して計画を立て、責任を持って自分の仕事を遂行し、その成果を評価し、改善計画を立てることの繰り返しが求められます。
最後の「家族もケアの対象である」ということは非常に大事なことでありながら、しばしば見過ごされています。しかし、患者の危機を乗り越える時、家族と家庭医はパートナーであり、そのパートナーが傷ついていれば、そのことを見逃してはいけないのです。例えば、配偶者や親の介護にともなう不眠や疲労などを訴える家族のケースが増えています。家庭医の強みは、担当できる問題の広さゆえ、どんな家族の問題にも耳を傾け、対応してケアできることです。介護からくる疲労、心痛によって発生する疾患の予防や早期発見にも努めていきたいと思います。

「家族志向型ケア ⑤」

前回は「家族志向型ケア」の1番目のコンポーネントである「 病気を心理社会的な広がりでとらえる」ことが、本人と家族の機能に変化をもたらし、危機を乗り切りながら、より良いケアを生み出すパワーにつながった具体例をお示ししましたが、このことは、実は2番目以降のコンポーネント「家族という大きな枠組みの中にある患者の立場に焦点を当てる」「患者・家族と医療者はいずれもケアのパートナーである」「 医療者が治療システムの一部として機能する」「 家族もケアの対象である」にも直結してきます。
 今回は、2番目の「家族という大きな枠組みの中にある患者の立場に焦点を当てる」について解説していきます。これは、家族という全体像から、個々の問題とそれを持つ患者のこと考えることが大事だということです。
 現代の日常診療の多くの場面では、患者さんは家族という全体像を伏せた状態で受診します。しかし、その隠された全体像に目を向けた時に、その人の抱える問題が目から鱗が落ちるようにより良く理解できるようになることを私たち家庭医は数多く経験しています。具体的には、①家族が患者さんの健康についての考え方や行動に大きな影響を与える。②ファミリー・ライフサイクルの移行期のストレス(例えば、独立や結婚・老化や死への悲嘆など)が体調の変化をもたらす。③疾病の発生が家族の行動に変化をもたらし、患者を支える資源となる。ということが挙げられます。①の例としては「高齢者は何かあればすぐに入院させるしかない」と考えている家族がいれば、在宅ケアの導入は困難になりますし、③の例としては、今まで家のことには無関心だった父親が、子供の喘息発作をきっかけに、家事に協力するようになったり、親の認知症をきっかけに、疎遠だった家族親戚がコミュニケーションを再開したりします。では次回は②の「ファミリー・ライフサイクル」についてご説明します。

「家族志向型ケア ④」

今回は、前回お示しした「家族志向型ケア」のコンポーネントの1番目「 病気を心理社会的な広がりでとらえる」ことの重要性について具体例をお示ししながら更に解説を加えていこうと思います。
例えばこんなケースがありました。娘を嫁に出し、奥様ともだいぶ前に死別した高齢の独居男性が、体調を崩して外来受診したところ、すでに末期がんであることが発覚しました。もちろん、その悪いニュースを耳にしたご本人・娘さんともに大変な衝撃を受けたのですが、少し冷静さを取り戻した時点で、患者さんご本人と娘さんそれぞれの「病気」に対する固有の考えを探ってみました。患者さん本人の心理社会的側面は、解釈:「もう長くないことは理解した」、期待:「最期まで家で過ごしたいが…」、感情:「思うように動けなくなってきた。娘には迷惑かけられないので最期は病院か施設の厄介になるしかない」、影響:「覚悟はできていて別に困ることは無い」というものでした。一方、娘さんは、解釈:「不治の病状は理解・納得した」、期待:「本人が病院嫌いなのと、長年住んできた自分の家が大好きなのは良く知っているので、最期まで家で過ごさせてやりたい。そのために必要な介護は実家に住み込んででも自分がやりたい」、感情:「長年独りっきりにさせてしまっていた父に最初で最後の親孝行ができるかも知れない。母の時は突然死でちゃんとお別れが出来なかったので、今回はきちんと看取りたい」、影響:「夫と子供に迷惑をかけるが、夫も協力的で子供も手がかからないので、充分やっていけると思う」と、父親に突如襲いかかったこの「疾患」に対する向き合い方は意外なほど前向きでした。
この患者さんは、ご本人と娘さんの願いが叶い、ご自宅で永眠されました。娘さんも短いお別れの時間を大切に過ごされていたようです。「独居=在宅ケア不能」と決めつけるのは簡単かもしれませんが、「疾患」にともなって発生した「病気」の体験が、本人と家族の機能に変化をもたらし、危機を乗り切りながら、より良いケアを生み出すパワーにつながることを実感しました。

「家族志向型ケア ③」

今回は、前回お示しした「家族志向型ケア」のコンポーネントの1番目「 病気を心理社会的な広がりでとらえる」についてご説明していきます。これは、病気を単なる病理学的な変化という視点からみるのではなく、心理社会的な側面からもとらえるということです。以前「患者中心の医療の方法」の中でご説明したように、家庭医療は、患者さんのもつ「疾患」と「病気」の両方の経験を探るアプローチ法をとって発展してきました。「疾患」とは、病名のラベルのようなもので、「病気」とは、人が個々に持つ解釈、期待、感情、影響を含めた心理社会的な苦しみのことです。同じ「疾患」を持つ患者さんであっても、患者さんの数だけ、個々に固有の苦しみ「病気」が存在します。家庭医療では、健康問題を持つ人の「疾患」と「病気」の両方のケアをバランス良くしかも深く掘り下げていきます。中でも家族志向型ケアでは、患者さん本人の心理社会的な側面だけでなく、患者さんの家族1人1人の持つ解釈、期待、感情、影響を含めた心理社会的な側面にまで探っていきます。そして、病気が家族に及ぼす影響と、家族が病気に及ぼす影響との両方を見極めたうえで、患者さん本人と、ご家族それぞれに対する適切なアプローチ方法を検討し、実際のケアプランを見出していきます。次回は、「 病気を心理社会的な広がりでとらえる」ことについて、具体例をお示ししながら更に解説を加えていきます。きっとその重要性を実感していただけると思います。

「家族志向型ケア ②」

前回、ご説明した家族志向型ケアの骨格の部分を箇条書きにすると以下のようになります。

1) 病気を心理社会的な広がりでとらえる

2) 家族という大きな枠組みの中にある患者の立場に焦点を当てる

3) 患者・家族と医療者はいずれもケアのパートナーである

4) 医療者が治療システムの一部として機能する

5) 家族もケアの対象である

これら1つ1つについて次回以降詳しく解説していきたいと思いますが、ところで「家族」とはいったい何なんでしょう?何をもって「家族」と呼ぶのか?ここで確認しておきましょう。通常考えられるのは、夫婦と彼らの子供というように婚姻と血縁で結ばれている単位でしょう。しかし、離婚した場合や子供のいない夫婦の場合。結婚はしていないが子供はいる場合。独り暮らしの場合はどのように考えればよいのか?家庭医が家族志向型ケアのアプローチをする場合、「独り暮らしだから家族志向型ケアはできない」というわけにはいきません。そこで、家庭医療において「家族」について議論する場合、ある程度 従来の考え方を改める必要がありそうです。
 家族についてのさまざまな研究を見てみると、「歴史」、「未来」、「機能」、「献身」という4つのキーワードが浮上してくるそうです。福島県立医科大学 医学部 地域・家庭医療学講座の葛西 龍樹 主任教授は、家族について「共通の歴史と未来を共有する人々の集まりで、それぞれのメンバーの機能と献身とがその歴史を作り未来を決定する潜在力を持っている」と定義しています1)。人間社会が多様化している現代社会においては、家族についての考え方も変化に対応して柔軟に適用していく必要がありそうですね。
 それでは、次回は一番目の「病気を心理社会的な広がりでとらえる」から順にご説明していきます。

1)家庭医療 ~家庭医をめざす人・家庭医と働く人のために~ 葛西龍樹著 ライフメディコム社より

2010年10月7日木曜日

「家族志向型ケア ①」

 家庭医の診察では、患者さん御本人のことだけでなく、差し支えない範囲でご家族のことについても詳しく聴かせていただいています。それは単に、ご家族の病気についての情報が、患者さん本人の診断や治療方針決定に役立つという意味合いもあります。例えば、血圧が高くて受診した患者さんの親に心筋梗塞の既往がある場合、将来、患者さん本人が心筋梗塞を発症する危険性は通常よりも高いために、より厳格な血圧管理が必要になります。しかし、家庭医がご家族のことを根掘り葉掘りお聴きする理由はそれだけではないのです。
 家庭医はあなたのご家族のことを尋ねながら、時に「あなたの家族があなたの病気についてどんなふうに考えていて、あなたの家族があなたにどんなふうに協力できるのか知りたいのです」と言うかもしれません。しかしそこまで詳しく聴かれたら、きっとあなたは「新手のストーカーか?」と疑念をいだくかもしれませんね。しかし、家庭医は、家族の状態や気持ちも知ってケアを進めていくことが、患者さんが病気を持って生きていく上での心配事がより少なくなり、治療の経過も良くなることを知っているので、あえてご家族のことを詳しくお聴きするのです。こうしたアプローチを「家族志向型ケア」と言います。
家族を考えることの重要性は、在宅医療を想定すると理解しやすいと思います。例えば、在宅療養する患者さんが家族と同居しているのか、それとも独居なのかでケアの方針は大きく変わってくるでしょう。家族はどんな問題を抱えているのだろう。家族は患者の病気をどんなふうに考えているのだろうか?何を心配し、何を求めているのだろうか?毎日、どのような気持ちで過ごしているのか?患者の病気が自分たちの人生にどんな影響があると思っているのだろうか?こうしたものを含めた苦しみがどのようなものか理解することが重要です。家族の持つ癒す力を最大限に引き出す努力をする一方で、家族もケアの対象として介入する必要があるのです。不幸にして患者さんが死にゆく時、家族が死について考え受け入れるための準備教育をしていくことも、その後に起こる悲嘆を軽減し、更には家族の病気の予防へとつながります1)

1)家庭医療 ~家庭医をめざす人・家庭医と働く人のために~ 葛西龍樹著 ライフメディコム社より

福島県立医科大学 地域・家庭医療学講座の説明会

福島県立医科大学 地域・家庭医療学講座の臨床研修・教育活動「福島モデル」についての説明会が県内各地で予定されています。
興味のある方は、
comfam@fmu.ac.jp
までアクセスしてみてください。

チラシ

http://www.fmu.ac.jp/home/comfam/documents/2010ikyokusetsumei.pdf

2010年9月30日木曜日

「家庭医療サマーフォーラムin福島2010@いわき」


 去る9月11・12日、小名浜オーシャンホテルを会場に「家庭医療サマーフォーラムin福島@いわき」なるイベントが開催されました。「9月なのにサマー?」などと細かいことはお気になさらず(実際、当日も猛暑でしたから…)、福島県立医科大学 医学部 地域・家庭医療学講座では、家庭医療に興味のある学生、医師らを対象に、自然と文化に恵まれた福島県を舞台として、家庭医療を深く楽しく学ぶために、例年県内数か所で家庭医療サマーフォーラムを開催しています。いわきでは“フラガールと家庭医療を学ぼう!”というキャッチフレーズのもと、毎年熱心な学びが展開され、また余興のポリネシアンショーも好評を博し、今回で3年連続(当講座史上最多新記録)3回目(当講座史上最多タイ)の開催という快挙を成し遂げました。
フォーラムでは県内各地で家庭医研修を行っている当講座の後期研修医をはじめ、当講座の指導医、家庭医療に興味のある全国から集まった医師・学生等、いわき市保健福祉部の方々、かしま病院の看護師・リハビリスタッフら総勢50名弱が一堂に会し、家庭医療実践に必要な知識を真剣に学び、日本における家庭医療のあり方について職種を超えて熱く議論し、懇親夕食会のフラ体験コーナーでは、みんなで激しく腰を振りながら“フラと転倒予防”について真面目に考えたのでした。
二次会では、映画「フラガール」を上映。この映画はやはり何度観ても泣けるわけですが、苦難を乗り越えて新たな可能性に賭ける“フラガール”たちの姿を、今まさに、いわきの地で 新たな“家庭医療”の可能性に賭ける自分たちと重ね、これからどんな苦難がおとずれても、決して夢を忘れずに突き進んでいく覚悟を新たにしたのでした。

「キッズ医者かしま」 ~地域を包括してケアする能力~


 去る8月14日、小学生31名を対象にした医師の職業体験プラグラム「キッズ医者かしま」を、家庭医療学専門医コースの後期研修医ら(いわきチーム)をコアスタッフに、かしま病院で開催しました。 今は(いわきに)亡きU氏が昨年度に礎を築いた遺産を引き継いで2回目の開催となったこの企画は、子供たちがあこがれる職業を疑似体験できるテーマパーク「キッザニア」を参考にしたユニークなもので、参加者・保護者の方々から好評をいただいています。白衣を身にまとい、聴診器を携えた子供たちが、本物の医療機材を用いて診察技術・AED(自動体外式除細器)を用いた一次救命処置などを学び、模擬患者の診療を行いました。元祖「キッザニア」同様に「遊びではなく本格的かつ真面目に」をコンセプトに、写真入りのネームプレートや研修修了証書を準備するなど一貫して本物らしさにこだわりました。しかも、「キッズカルテ」と称した教材を全て記入すると夏休みの自由研究レポートが完成するよう美味しく工夫しました。今後も恒例の企画として内容を充実させていきたいと考えています。
 さて、一般の閲覧者の方々の中には、この企画と家庭医とは一体どんな関係があるの?と疑問を持たれた方もおられるでしょう。これは、家庭医に求められる能力の1つである「地域を包括してケアする」ことや、患者中心の医療の方法の構成要素である「診療に予防・健康増進を取り入れる」ことと深い関係があります。普段、自ら医療機関を訪れない地域住民の中にも隠れた多くの健康問題が潜んでいます。今回参加してくれた小学生が学んだ血圧などに関する医学知識や、一次救命処置の技術、病院という職場への深い理解が、将来の地域住民の健康意識の向上、疾病の予防、健康増進、そして医療従事者不足という社会問題の解決に、少しでも貢献するとしたら、この企画は大成功ということになります。キッズ医者が、いつか卒倒した家族を救うことになるかもしれない・・・そのためにも、こういった企画を地道に継続していくことが大事だなぁ~と思います。

FMいわき「生涯学習みんなで学ぼう」


先日、いわきコミュニティーFM SEA WAVEの教養番組「生涯学習みんなで学ぼう!」(平成22年5月14日午前9時30分~オンエア)で、私どもが取り組んでいる「ホームステイ型医学教育研修プログラム」について取り上げていただきました。スタジオ収録には、私、後期研修医1名、そしてちょうど臨床実習に来ていた福島県立医大6年のK君の3人でお邪魔しました。不慣れな素人3人衆を温かくフォローしてくださったパーソナリティーのTさん、製作担当のOさんに感謝いたします。今回は、その番組の中から、学生のK君のコメントを抜粋して御紹介します。

Q(Tさん). 学生のKさんは、ホームステイ研修を通してどのような感想を持ちましたか?
A(K君). かしま病院だけでなく、診療所や介護付き住宅の訪問、幼稚園健診など、大学病院では経験できない貴重な体験をさせていただいています。大学病院は治すことが目標ですが、地域医療では患者さんのQuality of Life: QOL つまり生活の質を考えて治療しているんだなぁ~と感じました。
Q(Tさん). 最後に学生のKさんからメッセージをお願いします。
A(K君). このプログラムを体験してみて、ますます地域医療と家庭医というものに興味を持つことが出来ました。また、その重要性を理解することも出来ました。僕のような地域医療に興味を持つ研修生を増やすためにも、(医学生のホームステイの)大家さんの御協力を宜しくお願いします。

「患者中心の医療の方法 ⑦」

今回は、患者中心の医療の方法の5番目の構成要素「診療に予防・健康増進を取り入れる」と、最後の6番目の構成要素「実際に実行可能であること」について御説明します。
 家庭医は、すべての診療場面を病気の予防、健康増進のための絶好の機会としてとらえます。健康であるときにも、ある健康問題が解決した後でも、予防、健康増進のために家庭医が出来ることはたくさんあります。治療が終了すれば患者さんとの関係もおしまいというのではなく、その人が健康な時にも病気にならないように予防や早期発見、健康増進を支援していきます。例えば、軽い風邪症状で臨時受診した新婚男性の胸ポケットに煙草の箱がチラチラ見え隠れしていたとします。本人は風邪を診て欲しくて受診したので、喫煙を問題視していないかもしれませんが、普段は医療機関を訪れない彼に喫煙の将来的なリスク(それは家族にも及ぶこと)を伝え、禁煙について話し合う絶好の機会となります。ただし、患者さんに求める行動変容は実際に実行可能でなければ意味を成しません。患者さんの事情を踏まえて達成可能な目標を設定することが重要です。また家庭医は、地域医療全体においても「実際に実行可能であること」を意識することが求められます。家庭医は地域の医療資源のマネージャーでもあるからです。ここでいう医療資源とは、入院適応の判断や、調査研究の利用、薬の処方、専門医への紹介などであり、地域に無尽蔵ではない一定限られた資源のことです。残念なことに、いわきはその人口に比して全国的に見ても代表的な医療資源の乏しい地域です。だからこそ、患者さんや地域全体の利益を考え、これらの医療資源を有効活用することが必要なのです。限られた時間と資源と能力で多くの患者・家族に最大の利益を与えるためには、重症=無条件に全例高次医療機関では、もはや地域医療が成り立たないのです。このような難しい条件の中では、舵取り役の家庭医の手腕が問われ責任重大ではありますが、ここは家庭医が特に本領発揮すべき領域なので、非常にやりがいを感じるところでもあります。

「患者中心の医療の方法 ⑥」

今回は、患者中心の医療の方法の4番目の構成要素「患者-医師関係を強化する」について御説明します。これまで解説した3つの要素「疾患と病気の両方の経験を探る」、「地域・家族を含め全人的に理解する」、「共通の理解基盤を見出す」を実践していく全ての流れのなかで、「患者-医師関係を強化する」ことは満足のいく患者中心の医療が行われるために常に必要不可欠な要素であることは容易に想像できるでしょう。患者-医師関係が良好でなければ、患者さんは家庭医に自分の苦しみを話さないだろうし、せっかく患者さんが話しても家庭医に聴く耳(態度)がなければ理解は進みません。家庭医は、継続するケアとコミュニケーションによって、患者-医師関係を維持・強化するよう努めなければなりませんし、そのことの重要性は測り知れません。長期にわたり継続的に患者-医師関係を維持・強化していくために最も重要なことは、家庭医がいつもそこにいて、患者・家族とともに危機を乗り越え、互いに癒し合う関係を形成していくことだと思います。一般的に医療者が癒す者で患者さんが癒される者と考えがちですが、それだけでは良好な患者-医師関係を維持・強化していくことは困難です。医師自身もまた自分が患者さんから癒される存在であることを知ることで、自然と患者・家族に対する感謝の気持ちが湧いてきます。そして、医師が自身の仕事への価値を見出し、家庭医として生きていくことへの喜びを感じることができれば、自然に患者さんへの深い愛情と共感、思いやりをもってケアを継続していけるでしょう。こうした家庭医のケアは、更に患者・家族を勇気づけ、癒し、良好な患者-医師関係を維持・強化していきます。

「患者中心の医療の方法 ⑤」

今回は、患者中心の医療の方法の3番目の構成要素「共通の理解基盤を見出す」について御説明します。これまで解説した2つの要素「疾患と病気の両方の経験を探る」、「地域・家族を含め全人的に理解する」を経て、家庭医と患者さんが共通の理解基盤、いわば「同じ土俵」の上に立ち、何が問題になっているのか?何をゴールにするのか?患者・家族・家庭医などがそれぞれどのような役割を担うのか?などを充分に話し合いながら、相互理解の上に意思決定をしていきます。
今日の我が国の医療は、医師が治療方針を決定し、それを患者に従わせるという上から下への流れがまだ主流ですし、患者さんも多くは「そういうものだ」と思っているかもしれません。いわき弁だと「どうしますか?って言われでもぉ~先生が全部決めでくんねがったら、おいら素人だがらわがんねべした!」、「全部先生にまがせっから・・・」って感じですかね?これを日本人の国民性という人もいますが、長年、患者不在の医療を行ってきた医療者側の責任もあるかもしれません。看護師だって「先生の言うごと聞がねっが、駄目だっぺ!」って言いますもんね。インフォームド・コンセントがことさら強調されるまでもなく、患者・家族にとって、医師が「同じ土俵」で考えていると思える安心感が、彼らの満足度と健康度の改善に大きく貢献することが臨床研究で明らかにされています1)。

1) Little P et al. Observational study of effect of patient centeredness and positive approach on outcomes of general practice consultations. BMJ 2001 October 20 323:908-11

「患者中心の医療の方法 ④」

今回は、患者中心の医療の方法の2番目の構成要素「地域・家族を含め全人的に理解する」について御説明します。健康問題が人々に及ぼす影響を完全に理解するためには、個人的な、家族的な、そして地域・社会的な背景にまで視野を広げ、そこから重大な問題に焦点を当てて検討する必要があります。医療者側が直接的に見ている患者さんの姿を、家庭医はよくジグソーパズルの一片に例えます。ジグソーパズルの一片を手にしても、その一片が何を意味するのかは分からない。絵の一部が印刷されているので表か裏かぐらいは分かるけれども、パーツによっては上下左右どういう向きなのかすら全然分からないこともあります。しかし、その一片だけを欠いてそれ以外は完成しているジグソーパズルを想像してみてください。そして、その未完成のジグソーパズルの唯一空いている場所にその一片をはめ込んでみると・・・たちどころにその一片が全体の絵の中で何を意味しているのか明確に理解できるでしょう。このジグソーパズルの一片を患者さんの抱える健康問題と考えると、健康問題だけでなく患者さんの全体像と患者さんを取り巻く社会環境を知ることが、その健康問題の持つ本当の意味を探るために必要不可欠であるということが理解できるでしょう。これが健康問題を持つ人を「地域・家族を含め全人的に理解する」ということです。
現代医療の多くの現場では、患者さん自身も壊れたジグソーパズルの一片だけを持参して医療機関を受診し、医師にその修理を依頼します。医師もその一片だけを懸命に眺め、時にその一片を精密検査して診断名と治療法を導き出そうとします。しかし、ジグソーパズルの全体像を見ることができれば、壊れた一片の意味を理解するのはずっと容易な筈です。ちょうど、クイズ「アタック25」でパネルの殆どを獲得してその週のトップに輝いた挑戦者が、最後に海外旅行を賭けて臨むフィルムクイズに似ています。テレビっ子にしか分からないですね!(笑)

「患者中心の医療の方法 ③」

「咳が出る」との訴えで受診した患者さんを担当したある日のこと、詳しく症状の経過を確認すると診断は風邪で間違いなさそうでした。しかし、どこか浮かない表情の患者さんに「咳の原因は何だと思いますか?」と尋ねると、「肺癌だろ?周りがみんな癌で死んでいったんだ!隠さずに教えてくれよぉ~…まだ死にたくないんだよ。頼むよ先生!」と鬼気迫る勢いで詰め寄られました。もしこの秘めた苦しみに気付くことなく風邪薬だけを処方してこの日の診察を終えていたら、この患者さんはその後どうなっていたでしょう。
今回は、患者中心の医療の方法の1番目の構成要素「疾患と病気の両方の経験を探る」について書いてみます。
ある健康問題を抱えた患者さんが医療機関を受診したとき、家庭医はまずその人の問題を「疾患」と「病気」とに区別し、それらの両面から患者さんの経験を探ります。「疾患」とは医学的に身体に起こっている変化のことで、風邪や肺癌などの「診断名」と言い換えてもいいでしょう。現代まで続いている医学的アプローチの中心的部分は、まさにこの「疾患(診断名)」が何かを突き止めるために問診・診察・検査をおこない、その結果たどりついた診断名に応じた治療をおこなうというものでした。しかし、実際の診療の現場では必ずしもこの診断名までたどりつかないこともありますし、たとえ診断がついたとしても同じ疾患の人すべてに同じことが起こっているわけではありません。そこで家庭医は、病んでいる人それぞれが個別に抱える苦しみ、つまりその人がどのように問題を解釈し、どのような期待をもって医療機関を訪れ、どんな感情で、どんな影響を恐れているのかという個々の「病気」の経験を探ることも、「疾患」を探ることと同様に重視します。時に「病気」を探ることがメインになることもあります。まさに冒頭の肺癌を心配して訪れた患者さんがそうでした。

「患者中心の医療の方法 ②」

患者中心の医療の方法は、以下の6つの構成要素から成ります。私の経験上、患者さんがどこか不満足そうであったり、“どうも上手くいかないな”と感じる時に再チェックしてみると、たいてい6項目のうちどこかが欠落しているものです。

1)疾患と病気の両方の経験を探る
2)地域・家族を含め全人的に理解する
3)共通の理解基盤を見出す
4)患者-医師関係を強化する
5)診療に予防・健康増進を取り入れる
6)実際に実行可能であること

1番目の「疾患と病気の両方の経験を探る」という項目に代表されるように、患者中心の医療の方法を実践する上で、コミュニケーションが特に重要な役割を果たします。
「医療上の誤りの多くはコミュニケーション不足が原因である1)」
これは、患者中心の医療の方法の生みの親ともいえるイアン・マクウィニー先生の言葉です。コミュニケーションとはまさに人間関係の問題であって、あらゆる場面で相手と自分の感情に配慮していく必要があり、どれくらい充分に「疾患と病気の両方の経験を探る」ことができるかは、コミュニケーションがどれだけうまくいっているかにかかってきます。もちろん、コミュニケーションが重要であることは、家庭医療に限らず医療のすべての場面でも同様です。昨今、目立って増加している医療へのクレームや医療訴訟においても、「コミュニケーションがうまくいっていれば…」と感じさせる例が見受けられます。それでは次回は、1番目の「疾患と病気の両方の経験を探る」について解説します。

1)McWhinney IR. A Textbook of Family Medicine, 2nd ed. New York: Oxford University Press; 1997. 104.

「患者中心の医療の方法 ①」

患者中心の医療の方法は、家庭医療の専門性の中でもいわば集大成としての役割があり最も重要なものです。これを理解し実践できることが家庭医の臨床能力として必須であるといえます。
ところで、家庭医療で「患者中心の○○」という場合、それは、単なる「患者様第一主義」、「患者様のことを考えて」といった建前や医療者の道徳のような精神論を言っているのではなく、実は多くの臨床研究の成果によって開発された方法を指します。もちろんそれは家庭医療を学ぶ人に教育することが可能であり、その実践を通じて繰り返し再評価され、絶えず改良されてきました1)。患者中心の医療の起源は、カナダで初めての家庭医療科がウェスタン・オンタリオ大学医学部に創設され、初代主任教授としてイアン・マクウィニー先生が赴任した1968年に遡ります。彼らは患者が受診するときの「本当の理由」を理解することに着手し、「患者-医師関係」をテーマとした研究を発展させていきました。そこへ1981年に南アフリカから客員教授としてジョセフ・レーベンスタイン先生が赴任し、家庭医療の教育方法として「患者中心の医療の方法」を生み出し、それを実践しながら発展させていったのです。マクウィニー先生らのチームの素晴らしい点は、あくまでも家庭医療の臨床現場から生じる疑問に答える研究に価値を置き、研究で得たことをすぐに診療や教育の場に還元して、さらに家庭医療の質を高めていったことです。家庭医療を利用する地域の人々の健康を守ることを目的に研究を続けたのです。

1)Stewart MA, Broun JB, WetonWW, McWhinney IR, McWilliam CL, Freeman TR. Patient-Centered Medicine: Transforming the Clinical Method Oaks: Sage Publications; 1995.

「あなた」のことを専門にしています

 家庭医療について大まかに解説しようとすると“なるべく簡潔に説明しよう”と思っても、どうしても長くなってしまいます。それは、日本において家庭医療という概念が定着していないからでしょう。医師として仕事をしていると、よく「あなたは何が専門ですか?」と質問されます。例えば内科医なら「内科です」と答えれば大体の内容を理解してもらえるでしょう。更に詳しく「循環器科です」と言えば“心臓の専門なんだぁ~”とか、「救命です」と答えれば“ドクターヘリに乗るやつ?”もしくは“山ピーみたいでカッコイイ!”などと具体的なイメージが湧くでしょう。ちなみに私が「家庭医です」と答えると、ほぼ100%キョトンとされてしまい、前回まで3回にわたって解説した長~い内容を繰り返すことになってしまいます。それは喋る方も聴く方も大変です。そして、説明の最後に照れながら「つまり私はあなたのことを専門にしています」と付け加えます。例えば消化器科の先生が「消化器疾患の診断と治療」を専門としているのと同じように、家庭医は「健康問題をもつ人(あなた)と家族と地域」を専門としているからです。例えば、あなたの大腸にある疾患も、それを気に病んでいるあなたも、外からあなたに影響を与えているあなたの家族やあなたの住んでいる地域も、それら全部を含めてあなたのことを専門にしているということです。次回は、あなたのことを専門にしている家庭医が実践している「患者中心の医療の方法」について解説します。

「家庭医療の専門性って何ぞや?」

 「プライマリ・ケアって何ぞや?」ということで、既に少し詳しく解説しました。また「家庭医療は進化したプライマリ・ケア」であることを述べました。進化したプライマリ・ケアを実践するために、家庭医には、前回解説したプライマリ・ケアに必要な5つの理念、つまり近接性、包括性、協調性、継続性、責任性に加えて、以下に挙げる家庭医を特徴づける能力が求められます。それは、患者中心の医療の方法を実践できる能力、家族志向型ケアを実践できる能力、包括的・継続的かつ効率的な医療を提供する能力、地域を包括してケアする能力です。
 これだけの深く幅広い能力をバランスよく発揮するためには、健康問題の心理・社会的アプローチ、共感できる人間関係の維持・強化を常に意識的に実践していくことが不可欠で、それぞれの知識・技術だけでなく態度・価値観を含めて身に付けるトレーニング(専門研修)が必要です。そこで、平成18年3月、福島県立医科大学に地域・家庭医療部が新設され、大学としては全国に先駆けて本格的な家庭医療学専門医コース(日本家庭医療学会認定 後期研修プログラム)がスタートしました。特に医師不足が顕在化している福島県において、地域で発生する多くの健康問題に対応することができる家庭医の養成はまさに急務です。地域・家庭医療部が提供する研修プログラムは、いままでの日本には存在しなかった非常にスケールの大きなプロジェクトです。それは、大学のみならず広大な県内全域の多数の医療機関・地域住民・行政の強力なバックアップに支えられ、県ぐるみで「地域に生き、地域で働くことのできる質の高い家庭医を育成しよう」というコンセプトのもと誕生した夢のあるカリキュラムだからです。

「プライマリ・ケアって何ぞや?」

 最初に「家庭医療って何ぞや?」ということで、少し長い定義をお示ししましたが、短く言い換えると「家庭医療は進化したプライマリ・ケア」ということもできます。ではプライマリ・ケアとは何でしょう? それはよく近接性・包括性・協調性・継続性・責任性の5項目からなるプライマリ・ケアの理念を用いて説明されます。近接性、それは単に地理的にまたは時間的に近いということだけでなく、経済的にも精神的にもかかりやすいということです。包括性、それは単に疾病の種類や年齢を問わず診るということだけでなく、予防からリハビリテーションまで、そして疾病だけでなくそれを患った患者さんを全人的に診るということです。なんだか社団医療法人養生会かしま病院のキャッチフレーズみたいですね。かしま病院が家庭医育成の舞台になっていることも自然の流れなのでしょうか。協調性、それは単なるチーム医療ということだけでなく、専門医との連携、患者さんやその家族・地域住民との協調、そして社会的医療資源の活用も含まれます。継続性、それは単に「ゆりかごから墓場まで」ということだけでなく、外来→病棟→外来という継続、そして病める時も健やかなる時も継続的に関わっていくということです。責任性、それは単に自身の患者はいつでも責任を持って診るということだけでなく、その診療の質を生涯にわたり維持向上していくという責任も含まれます。
「なんだかとても大変そう」って思われた方もおられるでしょう。確かにこのプライマリ・ケアの機能を充分に果たすためには一人の医師の力だけではどうにもならないことは容易に予測できます。しかし、現在のいわき地区において、このプライマリ・ケア機能の充実が最優先課題の一つであることもまた紛れのない事実と言えるでしょう。

家庭医療って何ぞや?

 みなさんは家庭医療という言葉を耳にしたことがあるでしょうか?「家庭の医学?」、「在宅(家庭内)医療?」どちらもちょっと(いや、かなり)違います!
「家庭医療」とは、どのような問題にもすぐに対応し、家族と地域の広がりの中で、疾患の背景にある問題を重視しながら、病気を持つひとを人間として理解し、からだとこころをバランスよくケアし、利用者との継続したパートナーシップを築き、そのケアに関わる多くの人と協力して、地域の健康ネットワークを創り、十分な説明と情報の提供を行うことに責任を持つ、家庭医によって提供される、医療サービス1) です。
 ずいぶん長い定義ですが、この中には家庭医を特徴づける能力が網羅されています。「家庭医ってそんなことまでやるの?」と思われる方もいらっしゃるかもしれませんね。でもやるのです!しかしそのためには初期の段階から家庭医を特徴づける能力を身に付けることを意識した専門的研修が必要なのです。それを実現するために県立医大の地域・家庭医療部の後期研修医は大学病院ではなく、県内各地の医療機関で地域に根差した研修を行っています。そして2008年度からは研修協力病院として、いわき市のかしま病院でも家庭医を志す研修医を受け入れていただいています。

1)家庭医療 ~家庭医をめざす人・家庭医と働く人のために~ 葛西龍樹著 ライフメディコム社より