避難所で多くの人々が不安な時を過ごす中、一人の先生が診療所近くのいくつかの避難所を毎日巡回していた。
ご自身の診療所自体も被災しているのにもかかわらず・・・
「薬がなくても、優しい言葉と笑顔が医者の原点」と語るその先生は、私が家庭医を志すきっかけとなった最も尊敬する人物の一人である。
危機的状況の中で、慣れ親しんだ地域のかかりつけ医からの「大丈夫、心配ないよ」という言葉が、どれだけ多くの勇気を与えたかは言うまでもない。
その先生は、いわき市にある小さな漁村の診療所で50年以上にわたり、その地域の医療を守り続けてきた。
年齢や疾患領域を問わず地域に発生するあらゆる健康問題に真正面から向き合い、まさに家庭医と同様に地域に根差した医療を実践し続けてこられた。
その姿勢は今回の未曾有の大災害の中にあっても何ら変わることはなかった。
家庭医療の専門研修の経歴が無くても、個人の努力で既に地域で家庭医の役割を立派に果たされている先生方もおられる。
それはとても尊敬に値することであるが、そういった個人の努力に支えられている日本の地域医療システムは、いかにも脆弱であると言わざるを得ない。
また、現在の日本の医学教育制度の中では、個人の努力だけで家庭医に必要な能力を身につけることは極めて困難であり、実際に家庭医の数が絶対的に足りない。
医学の進歩により、医療の専門分野は急速に細分化し、患者さん側にも各臓器ごとの専門医による治療を求める傾向が強まった。
医学教育も縦割りの専門研修が中心となり、その結果、あらゆる健康問題に対応する家庭医が育ちにくい研修環境になってきた。
しかし、震災前から医師不足・偏在が特に問題となっていた福島県では、地域医療再生のため当講座を中心に既に県ぐるみで家庭医育成に取り組んでいた。
県内各地での研修は順調に進み、すでに若い家庭医たちが育っていて、各地の家庭医療研修施設を舞台に地域・家庭医療センターを随時オープンしている。
それでも、未だに多くの方々が避難生活を強いられている福島では、このプロジェクトはよりスピードを上げて遂行することが求められていて、家庭医の数がまだまだ足りない現状である。
今こそ多くの家庭医を次々に育成する必要に迫られている。
そして、家庭医育成はもはや福島だけの課題ではない。
家庭医を志す日本中の医学生・研修医が、みな当たり前のように家庭医の専門研修が行えて、すでに地域の診療所で医療を実践している医師も家庭医療実践のために必要な技術を学ぶことができる環境を、一刻も早く整備する必要がある。
どんな時も地域住民と共に歩んでくれる家庭医を求めて欲しい!
今までは「そんな医者は周りにいない」と諦めていたかも知れない。
しかし、求めないものは決して提供されない。
国民全体から家庭医を求める声が増えれば、家庭医育成と理想の地域医療の実現に向けた動きが急激に加速する。
地域住民と共に生き、苦しい時も嬉しい時もいつも寄り添ってくれて、いざという時に助けてくれる“あなた”の家庭医を貪欲に求めて欲しい。
また、家庭医が日頃から地域の保健師さんや看護師さん、ケアマネージャーさん、行政職員さんらとともに、地域住民に対し健康問題に関する適切な指導・管理をおこなっていれば、災害時でも日常でも地域住民が主体的に疾病予防やセルフケアをおこなうことができるようになる。
今回の震災で学んだことを無駄にしないために、どんな状況下でも機能し続ける地域全体の健康づくり(地域医療ガバナンス)を地域で利用できるすべての医療資源を総動員しつつ、国民一人ひとりが主体的に参加して創りあげていく・・・
そして、地域医療ガバナンスの構築のために指導的役割を果たすことができる家庭医の育成を支援していただきたい。
これからも私たちの前には数多くの困難が立ちはだかるだろう。
しかし、困難だからといって先延ばししている余裕は、もはや今の日本にはない。
“待ったなし”でやるしかないのだ。
私には家庭医療に対する熱い思いを共有し、支え助け合うことができる多くの仲間がいる。
そしてこの思いが広く伝わり、国民一人ひとりの行動につながれば、理想の地域医療再生は必ず成し遂げられる!
私はそう信じている。