震災から一定の時を経て、震災がもたらしたものが何なのかが浮き彫りになってきた。
殊に、医療に関して言えば、避難生活の長期継続を余儀なくされた新しいコミュニティーの形成、高齢者比率の上昇にともない、必要とされる医療の質と量が変化している。
単純に考えれば、医療を必要とする患者の実数、つまり医療需要は増加している。
一方で、医療の供給は?というと… この地はまるで陸の孤島… ほとんど援軍のない長期籠城ののようなもので、疲れ果てた兵士が「いつまで続くのか?」という想いを抱えながら皆歯を食いしばっている感じだろうか?
いまのいわきの状況を「悲惨」とか「崩壊」とかネガティブな言葉で表現をすることは容易だが、このような状況は、遅かれ早かれいずれ日本全国や世界各国で起きることが予測されているので、あえてポジティブな言葉で表現するならば、ここは紛れもなく「最先端」であり「先進地」なのである。
私たちは、多くのものを失ったが、失わなければ得られなかったであろう多くのものも手に入れつつある。
そんなことを実感できるようなエピソードがあった。
病院嫌いなどの理由から医療機関を受診することなく、けれど実は危機的な状況で自宅に潜伏している患者さんがいるとして、たとえ、地域包括支援センターの職員さんがその事実を認識していても、患者さん本人が積極的治療を希望しなかったりすると、包括の職員の方も手をこまねいてしまうものだ。
結果として、本人が拒否できなくなるほど重篤な状態になってはじめて、救急要請・救急搬送という事態を招いたりする。
しかし、ここは世界の先進地だけあって、すでに徐々に変わってきているようだ。
患者が希望しないから放置もしくは見守るだけ、ではなく早目に医師も巻き込んだ多職種が連携して対策を練っておけるように、包括の方が「こんな患者さんが病院にかかりたがらず自宅にひきこもっているんですけど…」と相談してくれたのだ。
私たちは、常日頃 患者さんやご家族が「医者にこんなこときいてもいいのかな?」と遠慮しないで済むように、「何でも相談していい」というメッセージをおくるようにしているが、それと同様に、ケアのスタッフにも、「困ったら、というよりなるべくひどく困る前に何でも早目に相談してほしい」というメッセージを地道におくり続けてきた。
そのことが一つの形になった瞬間であった。
「こんな良い機会はない」
当然、いわきで地域医療を学んでいる研修医君たちに出動するように指令を下したが、特に都心の大学病院からいわきに到着したばかりの研修初日の初期研修医にとっては、かなり混沌とした状況を目の当たりにして、衝撃体験であったし、途方にも暮れたようである。
しかし、そこからの彼らの学びが素晴らしかった。
患者中心の医療の方法や高齢者総合評価などを駆使しながら、医師が病院から地域に出ていく意義、患者さんや家族の物語:病気の体験だけでなくどう健康でありたいかという想い、多職種とのかかわりの中で困難な状況を打開するために知恵を出し合うという体験…
先日の実践家庭医塾では、これらの数えきれない学びの体験をまとめて発表してくれた。
発表と議論を通し、多くの先輩医師からのアドバイスももらえて、更に学びを深めたようである。
そして、ここでしかできない診療体験をしてくれた若者たちには、ここにしかない類のお店でのおもてなし!こうして夜が更けてゆくのであった。
「なんとかしたい!」福祉と医療と地域をまたにかけたチームプレー、若者の訪問と彼らの学び…
いま、私たちの周りでは新しい風が吹いている。